りもなかったのですが、駒井甚三郎は、そのいずれをも信ずることができない人です。人間以上に、神だの、仏だのというものがあって、人間の都合によってそれが指図をしてくれるなんぞということは、ナンセンスで、取上げたくても取上げられない。
 易《えき》だの卜《うらない》などということは、それこそ薄志弱行の凡俗のすることで、人間に頭脳と理性が備わっていることを信ずるものにとっては、ばかばかしくて取上げられるものではない。だが、この時は、知識と、認識と、自分の思考だけでは、さすがの駒井にも適切な判断は下せない。いっそ、ばかばかしければばかばかしいなりに、梅花心易《ばいかしんえき》というようなものにたよって、当座の暗示を試してみるも一興である。岐路に迷い、迷い抜いたものが、ステッキを押立てて、その倒れた方を是が非でも自分の行路と定めようということなどは、賢明な人の旅行中にもないことではない。この際、そういったような梅花心易はないか――つまり、時にとっての辻占《つじうら》はないかというところまで、駒井甚三郎の頭が動揺してきたのも無理のないところがあります。
 駒井は天上の星を見て、あの星が一つ南へ流れた
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