いう最も基本的な羅針の標準に、船長その人が迷っているのだから不思議です。
 大海原へ出て見れば、東西南北という観念はおのずから消滅してしまうようなものの、駒井の心の悩みは解消しない。他の乗組のすべては、地理と航海に無知識であるが故に、安心している。駒井に至っては、知識が有り過ぎるために不安がある。他の乗組のすべては、船と船長に絶対信任を置いているが故に安泰だが、駒井自身は、船と人との将来に責任を感ずること大なるだけに休養がない。
 今晩も駒井は、衆の熟眠を見すまして、ただ一人、甲板の上をそぞろ歩きをして夜気に打たれつつ、深き思いに耽《ふけ》っているのであります。
 世が世ならば、この船を自分の思うままに大手を振って、いずれのところへでも廻航するが、今は世を忍ぶ身の上で、公然たる通航の自由を持っていない。船の籍を直轄に置くことがいけなければ、せめて、仙台その他の有力な藩の持船としてでも置けば、そこには若干の便宜も有り得たに相違ないが、自分の船は、ドコまでも自分の船だという駒井の自信が、いかなる功利を以てしても、他の隷属とすることを許さない。無名丸は、同時に無籍丸であって、その登録すべき国
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