との席に戻りますと、右の小舟は無雑作に曳舟として扱われて、無意味従順にこの親船のあとに引かれて行く。
「何でした、別にあぶないこともなかったですかね」
伊太夫からたずねられて、お角さんが少し息をはずませ、
「ちょきが一ぱい流れついただけのことなんですがね、御前様、どうも、その中が穏かでないんでございますよ」
「どう、穏かでないのですか」
「なんぼなんでも、ああまで取乱さなくってもよかりそうなもの」
「ははあ、そんなに見苦しくなっていましたかな」
「見苦しいにもなんにも、いったい、心中でもしようという人間には、もう少したしなみ[#「たしなみ」に傍点]というものがなくてはいけませんね」
「心中? 相対死《あいたいじに》ですか」
「そうでございますよ、さっきのあの盃と、帯と、駒下駄の判じ物でもわかりますよね、あの舟で思いきり楽しんで、それから死出の旅という寸法なんでしょう、行き方は洒落《しゃれ》ていないではありませんけれど、ああ取乱したんじゃお話になりません」
「どうして、そういうことがわかります、ほんとうに心中者があったとすれば、このままでは済まされますまい、迷惑千万なことだが、一応、手
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