ると、この小舟の中が狼藉《ろうぜき》を極めておりました。
 ほかの者が見たのでは、何が何やら気ぜわしいばかりです。
 そこで、お角さんが、
「ちぇッ」
と舌打ちをして、眉根に八の字を寄せながら、舟底をちょっと蹴立ててみたというのは、その狼藉ぶりが例の癇にさわったからでありましょう。
 他の者が見ては特に目立たない場合に、ナゼお角さんだけが、その狼藉ぶりに癇を鳴らしたかと見れば、小舟の中が、あまりに見苦しい取散らかしぶりであったからです。
「なんて、たしなみのないザマなんでしょう」
 お角さんは、小舟の中を見て眼をそむけてしまったが、改めて大船の上を見上げる。燈籠《とうろう》の下の座に席をくずさずに坐っている伊太夫も、なんとなく、こちらが気がかりのように見おろしている様子にぶっつかると、そのままにして置いて、
「さあ、上りましょう、これだけのものなんです、でも、船頭さん、この舟を曳《ひ》いて行ってあげてくださいよ――しかるべきところまでねえ」
 狼藉は狼藉としてのままで、一応、引くところまで引いて行って調べてやろう、というお角さんのはらです。
 その声に応じて、提灯片手の取巻連が、一応も
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