と思いました」
「相手というのは?」
「お風呂からお上りの、早速、紛失物がある、拙者のここへ差置いた胴巻がない、金子が見えぬ――なんぞと大さわぎがおっぱじまると待構えておりましてな、そうおいでなすった時にはザマあ見やがれと、この尻を引っからげて、片手六法かなんかで花道を引っこみの寸法で、仕組んで置いた芝居なんでございますが、相手がそう受けてくれません、本舞台の方でウンともスンとも文句が起らねえから、揚幕の引込みがつかねえ、こいつぁ相手が悪いなあと思いましたよ」
「ふーん、こっちが騒がなかったら、かえって首尾がいいとは思わなかったか」
「ところが違います、いけねえ、こいつは出直しと思いました」
「貴様は、なかなかくろうと[#「くろうと」に傍点]だ」
「へ、へ、へ、どうか先生、お弟子にしておくんなさいまし、わしゃ実は、甲州無宿でござんして、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵とやらいうしがねえやくざ野郎の成れの果て――と言いてえが、まだ果てまではちっと間のある、中ぶらりんのケチな野郎でござんすが、なにぶんお見知り置かれまして」
変な言いぶりになってきた、漫然お茶らかしているものとも見え
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