氏は少々油を絞り加減に、
「なぜ、あんなツマらないことをしたのだ、盗むくらいなら盗み了《おお》せたらいいだろう、わざわざ人の前へ持って来て吐き出して見せるなんぞは、憎い仕業だ」
「いや、そんなわけなんじゃございませんよ、実はねえ、旦那だから申しますがねえ、わっしも本来は箸にも棒にもかからねえやくざ野郎なんでして、事情があってこのところへ閉門を仰せつけられたんでございますが、どうにも動きが取れねえから、こうやって米なんぞを搗《つ》いてるんですが、もうやりきれません、逃げ出しちゃおうと思ったんですが、逆さに振っても血も出ねえ昨日今日、当座のお小遣《こづかい》として、あなた様の胴巻をそっくりお借り申すつもりで、三日前からちゃあんと睨《にら》んでいたんですが、隙がございません、そうこうしているうちに、昨日お風呂にお入りのあの時、この時なんめりと首尾よく頂戴に及んだんですが、当事《あてごと》がすっかり外れちゃいましてな」
「思ったより少なかったか、路用の足しにもならんと、手に入れてみてはじめて呆《あき》れたか」
「そうじゃございません、あれだけあれば当座の路用には充分でござんすが、相手が少々悪い
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