その系統から言っても、大名以上の実力はあるのだから、おかしいことにはならないのだし、お角もまた、この人を御前様以上の御前様として心からの尊敬を以て言うのだから、それもおかしいことにはならない。伊太夫は軽く頷《うなず》いて、
「それは、どちらでもいい」
と答えました。そうすると、同じ取巻の町人|体《てい》なのが引きついで、
「いや、山科《やましな》の光悦屋敷の方も、ぜひお引取りなさいませ、今の御時世でございませんと、寝かして置きましても、持主がちょと手放す気にはなれません、あれだけの由緒あるお屋敷は、さがし求めた日には、なかなか出物があるわけのものではございませぬ、万一、売主がございましても、買切れる主がございません、買いたいと申しましても、二度と売主は出ますまいかと存じまする、お大尽のお耳に入りましたのが、全く以て千載一遇――売主のためにも、お買取りの方にも、また古《いにし》えの光悦様のためにも、三方への功徳《くどく》になるかと心得ておりまする」
 おたいこを叩いている言葉尻から察すると、この辺に地所の買入れの周旋が相当進んでいるらしい。しかし、今晩は、そういうことの取引を熟談するため
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