てところになると、これこれの文学がある、というところを、毛唐に見せてやりてえんでげすが、いかがなもんで……」
「そうするとつまり、日本中の芸者と女郎を集めて毛唐に見せてやりてえと、こういう目論見《もくろみ》か」
「いえ、どう致しまして、そんな浅はかなお安いんじゃござんせん、日本のあらゆる芸事という芸事の粋を集めて、これこの通りと言って、毛唐に見せてやりてえんで、芸娼院という名前は仮りに鐚がつけてみただけのものなんで――もっとしかるべき名前がありさえ致せば御変更のこと、苦しくがあせん。仕掛が大きいだけに、人選てやつが難儀でげして、まずあらゆる芸人という芸人の粋の粋なるもの百人を限って選り抜きの――なにも芸娼院と申したところで、芸妓と娼妓ばっかりを集めるという趣意ではがあせん、とりあえず、美術でげす、日本は古来、美を尚《たっと》ぶ国柄でげして、絵の方にはなかなか名人が出ました、御承知の通り……ところで、とりあえず狩野家の各派の家元を残らずメムバーに差加えます、それから、四条、丸山、南画、北画、浮世絵、町絵師の方のめぼしいところを引っこぬいて、これに加えます、拙が見たところでは、絵かきの方から都合五十八名ばかり、えりぬきの……それから戯作《げさく》の方なんでげす、これは刺身のツマとして……八名ばかり差加えようてんで……絵かきが五十八名もいて、文書《ぶんか》きが八名では比較が取れまいとおっしゃる――そこでげす、文書きの方は、どうしようかと考えてみたんでげすが、拙がひそかにこの計画を洩《も》らしやすてえと、ぜひ幾人でもいいから差加えていただきてえ、絵かきの下っ端で結構、刺身のツマとして、ぜひ差加えていただきてえと、先方から売り込んで来るんでげすから、のけるわけにいかねえんでげす、そこで、刺身のツマとして文書きを八名ばかりがところ、差加えてやることに致しやした――それから書道の方でがす、次は役者――この役者てえやつが、おのおの家柄があったり、贔屓《ひいき》があったりして、いちばん事めんどうなんでげして、鐚もこれが人選には困難を極めやした――それから長唄、清元、常磐津、新内、芸者の方からは誰々、お女郎はこれこれ――和歌と、発句と、ちんぷんかんぷん――委細のわりふりと、面ぶれはこの一札をごらん下し置かれましょう、これが、拙の苦心惨憺たる帝国芸娼院の面ぶれなんでげして……」
 だいたい右のような趣意で、このおっちょこちょいの野郎がもくろんだ、そのたわけへ、今度、一万両出す金主がついた――この野郎が有頂天《うちょうてん》でよろこぶのも無理はない。それを神尾が納得したと見て取って、この野郎が、立てつづけに並べることには、
「有難い仕合せで――え、へ、へ、へ。ところで、せっかくありついた、この大枚一万両の使用方法についてでげす、今度また新たに鐚が産みの親心てやつで、苦心惨憺を致さなけりゃ相成らん、なんしろ絵かきが五十八人もいて、文書きの方はたった八名、一万両がとこを、その方に割りふるてえと、また分前でもんちゃく[#「もんちゃく」に傍点]が起るに相違ねえ、そうなると、鐚がせっかく創立の功も玉なし、よって、これが分前に就いて、慎重なる考慮を払わなくちゃならねえんでげして、何か殿様、よいお知恵がございましたら拝借――お願い……」
「馬鹿――そんな要らねえ金があるなら、時節柄、大砲の一つもこしらえて、品川のお台場へ献納しろ」
「いや、そう物事を現実にばかりお取りになっては、人生に潤いというものがございませんな。せっかくのことに、鐚が思案を致しましたところによりますと、この一万両の公平なる分配に就きましては、大盤振舞《おおばんぶるまい》――つまり、惣花主義で会員一同に恨み越えなく行き渡るように公平なる分配を致したいと存じまして、その一万両で、そっくり、河岸《かし》へまいりましてお刺身を買い占めたいとこう思うんでげすが、いかがなもんでがんしょう」
「ナニ、河岸へ行って、一万両の刺身を買い占める――そうして、それをどうするのだ」
 一万両は多くはないが、それでも一万両の刺身を買い占めた者は江戸開府以来いまだあるまい。紀文、奈良茂《ならも》の馬鹿共といえどもよくせざるところ、鐚の計画の奇抜なるには、さすがの神尾も、ちょっと面負けの形で眼をみはると、鐚はいよいよ乗気になって、
「一万両がとこ、お刺身を買い求めましてな、それで、赤いところを絵かきに食わせ――青いところを文書きに食わせる、そういう御馳走の配膳に致しましたならば、一同否やはござんすまい」
「ふーん」
 こいつ、どうやら、正気でこれを言っているらしい。こういう奴に御勘定奉行をさせれば、公儀の金を掴《つか》み出して、女郎買いをもやり兼ねないと、神尾も底の知れない馬鹿さ加減に、口あんぐりとその面《かお》を見直して
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