ら、おれが連れて来たという、そんなら手前は飯でも食って待ってろ、いまにお伊勢様へ御初穂《おはつほ》を上げるからとて、飯酒をたくさんにふるまった。少し過ぎると連れて来た人が銭を三百文ばかり紙に巻いてくれた、ほかのものも、五十、百、二十四文、十二文てんでんにくれたが、九百ばかり貰った。みんなが言いおるには、はやく地蔵様へ行って寝ろと言う故、礼を言うて、この小屋を出ると、ひとりが呼び留めて、大きな握飯《むすび》を三ツくれた。嬉しくってまた半道ばかりのところを戻って、地蔵へ賽銭上げて寝たが、それより、ぶらぶら一文ずつ貰い、四日市まで行くと、先ごろ竜太夫を教えた男に逢った。その時の礼を言って、百文ばかり礼にやったらば、その男は嬉しがって、久しく飯を腹いっぱい食わぬから、飯を食おうとて、二人で飯を買って、松原に寝ころんで食った。別れてよりたがいにいろいろの目に逢った咄《はなし》をして、その日は一所に松原に寝たり、乞食の交りは別なものだ。それから二人言い合って、またまた伊勢へ行った。
この男は四国の金比羅《こんぴら》へ参るとて山田にて別れ、おれは伊勢に十日ばかりぶらぶらしていたり、だんだん四日市の方へ帰って来たが、白子の松原へ寝た晩に、頭痛強くして、熱が出て苦しみしが、翌日には何事も知らずして松原に寝ていたが、二日ばかりたって漸く人ごころが出て、往来の人に一文ずつ貰い、そこに倒れて七日ばかり水を飲んで、ようよう腹をこやしていたが、その脇に半町ばかり引込んだ寺があったが、そこの坊主が見つけて、毎日毎日、麦の粥《かゆ》をくれた故、ようよう力がついた。二十二三日ばかり松原に寝ていたが、坊主が菰《こも》二枚くれて、一枚は下へ敷き、一枚はかけて寝ろと言った故、その通りにしてぶらぶらして日を送ったが、二十三日目ごろから足が立った故、大きに嬉しく、竹きれ杖にして、少しずつ歩いたが、それから三日ばかりして、寺へ行って礼を言ったら、大事にしろとて、坊主の古い笠と、草鞋《わらじ》とをくれた故、一日に一里ぐらいずつ歩いたが、伊勢路では火で焚いたものは一向食わぬ、生米をかじりて歩きたり、病後ゆえに腹がなおらぬから、またまた気分が悪くって、ところを忘れたが、ある河原の土橋の下に、大きな穴が横に明いているから、そこへ入って五六日寝ていた。或る晩、若い乞食が二人来て、おれに言うには、その穴は先日まで神田の者が寝所にしていたところだが、どこへか行きおった故に、おらが毎晩寝るところだ、三四日|稼《かせ》ぎに出た故、手前に取られて困ると言う故、病気の由を言ったら、そんなら三人にて寝ようとぬかして、六七日一緒にいたが、食い物には困り、どうしようと二人へ言ったら、伊勢にては、火の物は大神宮様が外へ出すを嫌いだからくれぬ故、在郷へ行ってみろと言うから、杖にすがって、そこより十七八町わきの村方へはいったら、番太郎が六尺棒を持って出て、なぜ村へ来た、そのために入口に札が立ててある、このべらぼうめがとぬかして、棒でブチおったが、病気ゆえに、気が遠くなって倒れた、そうすると、足にて村の外へ飛ばしおった故、腹這《はらば》うようにして漸く橋の下へ帰って来たら、二人がどうしたと言うから、そのしだいを言ったら、手前は米はあるかと言うから、麦と、米と、三四合もらいだめを出して見せたら、そんならおれが粥子《かゆこ》を煮てやろうと言って、徳利のかけを出して、土手のわきへ穴を掘って、徳利へ麦と米と入れて、水を入れ、木の枝を燃して、粥を拵《こしら》えてくれたから、少し食ったあとは礼に二人に振舞った。それよりおれも古徳利を見つけ、毎日毎日、もらった米、麦、引割をその徳利にて煮て食ったから、困らないようになったが、それまではまことに食物には困った。だんだん気分がよくなったから、そろそろとそこを出かけて、府中まで行ったが、とかく銭がなくって困るから、七月ちょうど盆だから、毎夜毎夜、町を貰って歩いたが、伝馬町というところの米屋で、ちいさい小皿に引割を入れて施行《せぎょう》に庭へ並べて置くから、一つ取ったが、一つのさしに銭が一文あるから、そっとまた一つ取った、そうすると米を搗《つ》いていた男が見つけおって、腹を立て、二度取りをしおるとて握《にぎ》り拳《こぶし》でおれをしたたかぶちおったが、病後ゆえ、道ばたに倒れた。ようよう気がついた故、観音堂へ行って寝たが、その時はようやく二本杖で歩く時ゆえか、翌日は一日腰が痛くって、ドコへも出なんだ。それから或る日の晩方、飯が食いたいから二丁町へはいったが、麦や米ばかりくれて、飯をくれぬから、だんだん貰って行ったら、曲り角の女郎屋で客が騒いでいたが、おれに言うには、手前はこぞうのくせに、なぜそんなに二本杖で歩く、悪くわずらったかと言う、左様でござりますと言ったら、そうであろう、よく
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