しゃるか」
「ああ、死にたい」
「あれ、真さん、そこは深い」
「深いところがいいの」
「お前ばかり先に深いところへいって、わたしだけが残されるようで、いや、いや」
「そんなら、お前、先にお進みなさい」
「後先を言うのではないはず、後へ引こうにも、先へ行こうにも、二人の身体《からだ》は、この通り結えてあります、動けるなら動いてごらん」
「こうなっても、いやならいやと言うてごらん」
「もう知らない」
「嬉しい、く、く、苦しい」
「わたしも苦しい、水――」
「水――」
「二人は苦しいねえ、真さん」
「二人は嬉しいねえ、豊さん」
痴態を極めた男女の姿を眼前に見ているお銀様。思案に余って、身の上判断を請うと言って、わざわざ人の寝込みまで襲いながら、人の見る眼の前で、このザマは何だ、相談に来たのではない、心中に来たのだ、しかも、このわたしというものの眼前で、思いきった当てつけぶり、何という愚かな者共。いやいや、わたしが徒然《つれづれ》を慰めんがために、わざわざ芝居をして見せに来たと思えばなんでもない。叱責と嘲《あざけ》りの唇を固く結んで、お銀様が、彼等の為《な》す痴態の限りを為し終るまでながめてやろうと、白い眼に睨《にら》んでおりますと、行燈が消えました。
闇かと見ると、その行燈の消えた隙間から一面に白い水――みるみる漫々とひろがって、その岸には遠山の影を涵《ひた》し、木立の向うに膳所《ぜぜ》の城がかすかに聳《そび》えている。昼にここから見た打出《うちで》の浜の光景が、畳と襖一面にぶち抜いて、さざなみや志賀の浦曲《うらわ》の水がお銀様の脇息《きょうそく》の下まで、ひたひたと打寄せて来たのでありました。
その湖のまんなかに、いま見た二つの物影が、浮きつ沈みつもがいている。
ははあ、今し生命判断を頼んで来た痴態の限りの二人の者、刃《やいば》で死ねずに、水で死ぬ気になったのか、愚かなる命の二人よ、とお銀様は、写し絵にうつるような湖面の一巻の終りを飽くまで見据えて、眉一つ動かそうともしません。
そのうちに、二人のもがき合った湖面の水が逆まいて、怖ろしく浪立ったのは束《つか》の間《ま》、やがて漫々とまたもとの静かさに返ると、急に闇が迫って――おりからゴーンと三井寺の鐘、あつらえたように、お銀様の夢のうちの耳にまで響き渡りました。
十五
だが、夢はそこで破
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