》は、今し問題の大船にあって、竹生の島の前面に船がかりをしているのだから、かくも急ピッチで早手が大津方面へ乗りつけてみたところで、その当座は当然行違いにきまっている。そういうことは知ろう由もない不破の関守氏には、この女王を父に会わせれば会わせるで、そこに相当の秘策がある。この女王様を父と会わせるに就いては、自分が介添となるべきことを最も有利なりと信ずるものがあればこそ、彼は女王を擁して、善は急げで、内外の多事多端なる責任の地位を抛擲《ほうてき》して急行しつつあるものでしたが、その秘策のいかなるものであって、成功すべきや、せざるべきやは未来の疑問としましても、お銀様の黒幕にこの人がいることは、伊太夫の傍らにお角さんが取巻いているよりは、遥かに智嚢《ちのう》が豊かで、舞台が大きいことは申すまでもありますまい。
九
西国旅行をかこつけに、そこは親心の甘さで、胆吹王国のやんちゃ娘の行動視察を眼目とする伊太夫が大津にいない時に、お銀様と不破の関守氏の一行は大津へ着きました。
当座の行違いになってしまったのですが、その際、当座の在と不在の如きは、さのみ問題ではない。関守氏は、目的地に着いたからといって、驀直《ばくじき》に目的に向ってこせつくような軽策を取らない。悠々としてお銀様を押立てて別に宿を取って長期の形を構え、副目的が主目的を牽制しつつ、その帰るを待つことを遅しとしない策戦を取りました。
この総参謀長不破の関守氏は、女王様を盛り立てて、これに絶対服従の範を示すと共に、一方には女王様を後見して、これを教育するの心がけを忘れない、ただ、その教育ぶりがあくまで六韜三略的《りくとうさんりゃくてき》であることが、この人の特徴になっている。美濃に縁があるだけに、竹中半兵衛式の芝居がついて廻るように思われる。その点に於ては、この人も、お角さん同様の興行師的素質を多分に持ち合わせていると見なければならない。ただしかし、野心満々たる不破の関守氏が、お銀様を動かして父に会わしめようとする魂胆の裏には、やはり、伊太夫の金力があると見なければならないことは確実だが、お角親方の方は、いかに腕によりをかけてみたところで、タカが仕込みとか仕打ちとかの融通の水の手がつなげればよろしい、あえて伊太夫の身上にビクとも響くものではないが、不破の関守氏などにへたをやられると、一国一城
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