れ」
「まず御健勝、金主、一万両――宝の入船――鐚の計画、ことごとく成就《じょうじゅ》、近来のヒット――」
 何か続けざまに口走って、懐ろは手一ぱいにふくらまして、てんてこ舞をはじめた眼の色が穏かでない。穏かでないと言って、こいつのことだから、寸毫《すんごう》も危険性はないことはわかっているが、何かよくよくの喜びが出来たに相違ないと思いました。
「どうした、気でも狂ったか、シルクの売込みでも、もの[#「もの」に傍点]になったか」
「どう致して、そんなんじゃあござんせん、かねて鐚《びた》が計画の芸娼院――そいつがいよいよ成立を致しましてな、さるお大尽から大枚金一万両というもの補助がつきました、金主一万両、鐚一代の大望成就《たいもうじょうじゅ》!」
 ははあ、そのことでかくもてんてこ[#「てんてこ」に傍点]舞をしているのか、帝国芸娼院というのは、洋妾《ラシャメン》立国論と共に、こいつの二大名案であって、先日来て、べらべらと能書をしゃべり立てて行った。それでは誰か本気に取上げる旦那があって、たとえ一万両でも、この時節に金を出そうという好奇《ものずき》が出たのだな、時勢は時勢だというが、まだ世間は広いものだ、鐚に口説き落されていくらか出そうという金主が出たのだな。
 帝国芸娼院というのは、前巻の終りの方(第十八巻、農奴の巻九十回)に見えていたこのおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]独流の名案で、この趣旨とするところは、
「拙の案ずるには、近い将来に於て『帝国芸娼院』てえのを一つでっち上げて、世間をあっ! と言わせてみてえんでございます。そもそも、設立の趣旨てやつを申し上げてみまするてえと、毛唐というやつがまだ本当の日本を認識していねえんでげす、日本人ナカナカキツイあります、刀を使う上手アリマス、人を斬る達者アリマス、勇武の国アリマス、芸事できない、芸事できない国野蛮アリマス、こう吐《ぬか》しやがるのが癪《しゃく》なんでげして、異人館なんぞへまいりまするてえとテブルの上で、毛唐の奴がよくこんな噂を吐しやがるんでげす。その度に拙は発憤を致しましてね、ばかにしなさんな、日本にもこのくらいの芸事がある――てえところをひとつ見せてやりてえんでげして――そこで、その帝国芸娼院てやつを大々的にもくろみの……日本には芸娼妓でさえ、これこれの芸術がある、遊女でさえ、高尾、薄雲なん
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