で……
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「ある日、おれの従弟《いとこ》のところへ行ったら、その子の新太郎と忠次郎という兄弟があるが、一日、いろいろ咄《はなし》をしたが、そこの用人に源兵衛というのがいたが、剣術遣いだということだが、おれに向って言うには、
『お前さんは、いろいろとあばれなさいますが、喧嘩はなさいましたか』
と言うから、おれが、
『喧嘩は大好きだが、小さいうちから度々《たびたび》したが面白いものだ』(こういう野郎だ)
と言った。
『左様でござりますか、あさって蔵前の祭りでありますが、一喧嘩やりましょうから、一緒にござらっしゃいまして、一勝負なさいまし』(火事場へ油をさしに行けという奴がある、いやはや)
と言ったから、約束をして帰った。
その日になりて、夕方より番場の男谷《おたに》へ行ったら、先の兄弟も待っていて、
『よく来た、今、源兵衛が湯へ行ったから、帰ったら出かけよう』
と支度をしていると、まもなく源兵衛が帰った。それより道に手筈《てはず》を言い合わせて、八幡へ行ったが、みんなつまらぬ奴ばかりで、相手がなかったが、八幡へ入ると、向うより、きいたふうの奴が二三人で、鼻歌をうたって来る故、一ばんに忠次郎が、そいつへ唾を顔へしっかけたが、その野郎が腹を立て、下駄でぶってかかりおった、そうすると、おれが握り拳で横つらをナグってやると、あとのやつらが総がかりになってかかりおるから、めくらなぐりにしたら、みんな逃げおった故、八幡へ行ってぶらぶらしていると、二十人ばかりなが鳶《とび》を持って来おった、何だと思っていると、一人が、
『あの野郎だ』
とぬかして、四人を取りまきおった。それから刀を抜いて切り払ったら、源兵衛が言うには、
『早く門の外へ出るがいい、門を締めるととりこ[#「とりこ」に傍点]になる』
と大声に言うから、四人が並んできり立て、門の外へ出たら、そいつらの加勢と見えてまた三十人ばかり、鳶口を持って出よったから、並木の入口の砂蕎麦《すなそば》の格子を後ろにして五十人ばかりを相手にして叩き合ったが、一生懸命になって、四五人ばかり傷を負わしたら、少し先が弱くなった故、むやみにきり散らし、鳶口を十本ほども叩き落した、そうするとまたまた加勢が来たが、梯子《はしご》を持って来た、その時、源兵衛が言うには、もはやかなわぬから三人は吉原へ逃げろ、あとは私が斬り払い帰るからと
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