の剣術方の男谷精一郎(下総守)か」
「左様――彼、勝麟の父が、精一郎の弟になる。その親父《おやじ》について思い当ったよ、ほんとうに、それこそ箸にも棒にもかからぬ代物《しろもの》でな、それが晩年、何か発心して、いま君がやっているように、自叙伝を書いた、その写しを僕が持っているが、これはまた稀代な読物だ、こんな面白い本を今まで読んだことがない。面白いものを小説の稗史《はいし》のと人が言うけれど、あれは本来こしらえもの、大人君子の興味に値するほどのものではないが、勝のおやじの自叙伝に至ると、真実を素裸《すっぱだか》に書いて、そうして、あらゆる小説稗史よりも面白い、あの父にして、この子有りかな、古今無類、天下不思議の書物だ、参考のために君に貸すから読んで見給え、家に帰って、すぐに届けるよ、『夢酔独言』というのだ、実に何とも名状すべからざる奇書だ、あれを読むと、勝麟その人もわかる」
 悪食が口を極めて、推賞か示唆かを試むるものだから、神尾も、
「では、読ましてくれ」
と言わざるを得ませんでした。

         五十三

 その翌日、珍しくもよく約束を踏んで、悪食が、昨日約束の書物を届けてくれました。
 これが、当時評判の勝麟太郎の父親の自叙伝であるそうな。
 徳川の末世を背負って立つ男は、小栗か勝だろうと、かりそめにまでうたわれるくらいの人間と聞いて、これも珍しく神尾が勝のことを注意する気になりました。
 受けて見ると、その書の標題は前出の如く「夢酔独言」という。
 巻頭に書き添えた勝家の系図というのを見ると、神尾が軽蔑の気持になって、
「なあんだ、勝の先祖、元は江州坂田郡勝村の人、今川家に仕えて塩見坂に戦死、市郎左衛門に至り徳川氏に仕えて天正三年岡崎に移る――十八年江戸に移る、家禄知行蔵米合わせて四十一石、か」
 家禄知行蔵米合わせて四十一石、というところに神尾が憫笑《びんしょう》を浮べました。
 特に軽蔑したわけではあるまいが、そういう時に、冷笑が思わず鼻の先へ出るのがこの男の癖です。
 神尾の家柄は三千石でした。
「万治三庚子十二月卒百五歳――ふーむ」
 四十一石の高は軽きに過ぎるが、百五歳は多きに過ぎる。四十一石の小身は稀なりとはしないが、百五歳の長生はザラにあるものではない、と感心しました。
 その市郎左衛門時直から七代目で、左衛門太郎|惟寅《これとら》という
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