裏切者。
 痛手に屈せぬ伊東は、刀を抜いて、一刀の下にこの卑怯なる裏切者を斬って捨てたが、この時、板囲いの中から一斉に跳り出した五人の新撰組が、抜きつれて、手負いの伊東を取囲んで斬ってかかる。五人に囲まれて、走り且つ戦い、よろよろと御前通りの法華寺門前までよろけかかって来た伊東甲子太郎。そこに「一天四海」の石碑がある、その台石の上へ、よろけかかって腰を落しながら、
「奸賊《かんぞく》、新撰組! 呪《のろ》われろ」
と叫んで、槍創《やりきず》から吹き出す血汐《ちしお》を押え、うつぶしになったが、もうその時、息が絶えてしまっていた。
「存外、脆《もろ》かったなあ」
 五人のものもホッと一息つく。脆いのではない、この手でやられては、誰でも免《まぬが》れる由はあるまい。この運命を免れんとするには、最初、招きに応じて出なければよかったのだ。
 五人の者は、倒れ伏した御陵衛士隊長に近づいて、更におのおのこれに一刀ずつを加えて、更にその屍体《したい》を引摺り出して、そうして、程遠からぬ七条油小路の四辻へ引張り出して、大道へ置捨てにしました。
 しかも、その屍体には、念入りに御紋章入りの提灯を握り持たせてある。そうして置いて、一方には程近き町役人を叩き起して、
「御陵衛士の隊長が斬られている、伊東甲子太郎が殺されていると、高台寺へ向って知らせてやれ」
 町役人は慄《ふる》え上った。殺したのはこのやからであるにきまっている。そうして、このやからは新撰組のほかの者でありようはずがない。
 右の如くにして、伊東甲子太郎がせっかくの得意、これからという時、この途中にして殪《たお》れてしまいました。

         五十

 ところで、その晩のこと、月心院の屯所《とんしょ》の大きな火鉢を囲んで、伊東配下、御陵衛士隊の錚々《そうそう》たるもの、鈴木三樹三郎、篠原泰之進、藤堂平助、毛内《もうない》有之助、富山弥兵衛、加納道之助の面々が詰めきって、宵のうちから芸術談に花が咲いている。
 話題に夢中になったこの時間、この連中にも、殺気が消えて、芸術心というものが集中する。
 いったい、これらの人々には、勤王と言い、佐幕というようなイデオロギーよりは、芸術という魅力によって生き、これによって死んで悔いないというのが持味《もちあじ》なのです。
「芸術」というのは、徳川期に於ては「武術」に限ることであ
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