なければ人が集まらないという理由の下に、人を入れに入れたものですから、そういう検討をする遑《いとま》がなかった。雑多な人が来て、雑多な性格をぶちまけることを、大まかに容認していたのですから、不破の関守氏は大体をおさめるに急で、個々の分析には及ばなかったのも道理です。
 さて、そういうふうに青嵐居士は、胆吹王国の人種を分類してみましたけれども、その分類によって、処分に手をつけようというのではないのです。それはそのまま単に研究とし、参考の資料として扱いながら、その範囲に於て監督もし、働かせもしているのです。
 そうしてこれらの人種に対して、淡々として一視同仁に眼をかけるものだから、特にこの人を崇拝するという信者も出ない代り、不服や反抗の色を現わすものは一人もありませんでした。
 かくて青嵐居士は、毎朝毎日、王国内を巡視しては、極めて心やすく国民に向って呼びかける、評判はなかなか悪くないのです。

         二十四

 ある日、青嵐居士が、炭焼の釜出し勤務を見廻っていると、一人の青年がたいへん丁寧に挨拶をする途端に、ふところから転がり出して地上に落ちたものがありました。
「何か落ちたぜ、君」
 青嵐居士から注意を受けて、
「はい、どうも済みません」
 この青年は、あわただしく、落ちたものを拾い取って、またふところへ捻《ね》じ込んで仕事にかかるのを、青嵐居士が見のがさず、
「そりゃ、何の本だい、君」
と言ってたずねますと、
「いいえ、なあに、何でもありません」
「見せ給え」
 そう言われて青年も、拒むわけにはゆかないで、いったんふところへ捻じ込んだ小冊子を、また取り出して、青嵐居士の前へ提出しました。
「ははあ、君は蘭学をやってるんだな、感心だね」
「相済みません」
と言って、青年が頭を掻《か》きました。蘭学をやることが別に相済まぬことになるはずはないが、これはこの青年の口癖でしょう。青嵐居士は、それ以上にはなんらの追究することもなく、右の冊子を青年のふところに押戻してやりながら、
「今晩、話しに来給え、上平館の時習室へ話しに来給え」
と言い捨てて、次の職場の方に巡視にまわりました。
 この青年は、かねて青嵐居士が分類に於て、戊種の方へ編入して置いた一人でありました。戊種というのは、つまり、好奇でここへ参加して来ている人種をいうのです。好奇性もあり、煩悶性《はんもん
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