と着実家なのであります。
釣に隠れているところを見ると、一個の風流人でもあり、ひとかどの曲者が世に韜晦《とうかい》しているようでもあるけれども、事実、この人は風流によって釣をしているのではない、好きだから釣に出るまでで、それに浪人をしていると暇が自由に取れるから、自然、好きな釣の道に出遊する機会が多いというだけのものです。ことに湖辺に住むと、地理に於て最も釣に恵まれているという条件もあります。かつまた、非常に話好きではあるけれども、その語るところをよく聞いていると、不破の関守氏のように空想的にあらずして、民生そのものに密接した点がある。野心家、或いは策士としての性格を多分に持ち合わせている不破の関守氏と比べると、一方は釣して網せず、一方は網して釣せずの性格の相違があるのであります。今、胆吹王国の留守師団長を引受けたからといって、創造者連の理想や野心に共鳴して然《しか》るのではなく、最近ちかづきになったよしみで、頼まれてみると、自分も相当の興味を以て、快く当分の留守を引受けてみたまでです。
着任すると匆々《そうそう》、この人はまず胆吹王国の全体の人を見渡しました。
規模と目的はすでに前人によって定められてあるのですから、それをいまさら検討して、革新の、改善のということは自分の権内ではない。その辺には少しも触れないで、現状を最もよく管理することが自分の任務だと思いました。
そこで、自分として主力を置くべきものは、領土でなく、経営でなく、専《もっぱ》ら人事であるとの見地から、この王国に集まるところの人間の研究から取りかかりました。研究はどうしても科学的でなければならぬ、ローマン的であってはいけないという出立から、まずこの王国に現在集まっているところの人種を、次のように大別してみました。
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甲種―胆吹王国の主義理想に共鳴して、これと終始を共にせんとする真剣の同志
乙種―現在は、まだ充分の理解者とは言い難いが、やがてその可能性ある、いわば準同志
丙種―主義理想には無頓着、ただ開墾労働者として日給をもらって働いている人
丁種―食い詰めて、ころがり込んで、働かせられている人
戊種《ぼしゅ》―好奇で腰をかけている人
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だいたい、この五種に分けてみました。頭数はすべてで約五十名ある。それをこの五つの中に部分けをして編入を試みよう
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