《うけひ》くまいし、そうかといって、父伊太夫が、小町庵の娘をたずねるのも順序が間違っている。関守氏とお角さんとが談合の上、幸い、物静かなこの逢坂山の大谷風呂の奥の間が、親子会見の席にふさわしかろうと、そういう取計らいで、会見の場がここときまったものらしい。
 それで、一通りの役者はここへ揃《そろ》ったわけなのですが、かんじんの女王様が見えた様子がないけれど、これも案ずるほどのことはあるまい、すでに御納得があって、胆吹山からここまで動座をされているくらいだから、ここらで異変の起る憂えはない。まず伊太夫を座に招いて置いて、しかるべきバツを合わせて、お銀様をここへ迎える、これは多分、明日のことになるだろうと思います。
 その間は、関守氏と、お角さんとが、まずまあ腕比べまたは舞台廻しというようなわけで、二人は夜の更くるも知らず、何かひそひそと話し合っておりましたが、伊太夫主従は、着早々、一風呂浴びると共に寝《しん》に就いてしまいました。
 それにも拘らず、関守氏の座敷ではまだ燈火《あかり》がして、お角さんが、寝ようとも休もうとも言わない、やっぱり、ひそひそと話し合っている様子でしたが、
「では」
と言って、お角さんが立ち上って、その隣の間の薄暗い座敷を怖る怖るあけた隙間《すきま》から見ると、その隣の間の正座に、意外にも覆面の人が一人、端坐していました。
 正面の覆面の客というのは、まごう方なきお銀様でありました。してみると問題のお銀様はいつのまにか、ここに安着していたのです。父に先んじて来たか、後《おく》れたか、いずれにしても、ここに安坐して二人の謀議を聞いている。事がここまで運んだ以上は、絶えて久しい父子の対面は無事に実現するにきまっているが、問題は、会見そのことよりは、会見して以後にあるのです。
 これからが関守氏とお角さんの、本当の腕の見せどころと言わなければなりません。

         二十三

 女王と総理とが出動した後の胆吹王国に、留守師団長をつとめたところの人は、前に申す通り青嵐居士《せいらんこじ》でありました。
 この人は、不破の関守氏とは話は合うが、その性格に至って大いに相違した点があると見なければなりません。
 すなわち、不破の関守氏は、一種の詩人でもあり、空想家でもあり、また相当の野心家でもあり、策士でもあるのですが、青嵐居士に至っては、もっとずっ
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