いませんよ、畳なんぞは、いくらでも新しくなりますから。ですけれど、指一本というところが、かえって細工が細かくて面白いのかも知れません。それにあいつは気のせいか、右の腕がないようでしたね、ああ、わかりました、わかりました、あいつの片腕を打落したのが即ち、あなたなんでしょう――女のことで」
と、お銀様がここでひとり合点をすると、四方の空気がいとど収斂性《しゅうれんせい》を加えてきて、夜更けに近いのか、夜明けが迫っているのか、ちょっとわからない気分が漂いました。
「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵という奴があれなんでしょう」
と、ややあってお銀様が、机の上に片肱《かたひじ》を置いて言いましたが、竜之助の方では、とんと返事がない。お銀様は別段それを追究するでもなく、
「それはそうと、あいつの今の言葉で、わたしの父親が、この近いところに来ているということをお聞きになりましたか」
「聞いた」
「そうして、わたしの父親から、その脇差をもらって来たとか言って、それを仔細らしく、わたしのところへ押売りに来たと言っておりましたねえ」
「その通り――」
「さあ、それが本当だとすると、わたしはどのみち父
前へ 次へ
全365ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング