説を立てるからには、必ずしも拠《よ》るところがないわけでもありますまい、荒唐無稽の小説ならばとにかく、新研究とあるならば、一応読んで置く必要があると思います、拝借いたしましょう」
「どうぞ、ごゆっくりごらん下さい――ところで、秀吉も、家康も、右の通り、その出生が農奴であり、非人同然であるに拘らず、成功した暁には、その発祥民族を酷使虐待する、なるほど、その俑《よう》を作ったのは秀吉でありましょう、それに輪をかけ、箍《たが》をはめたのは徳川氏です」
「左様、徳川氏の農民政策に就いては、拙者も心がけて少々研究を試みていないでもありませんが……」
と言って、そこで、今度は、またも徳川氏の農民政策問題に復帰して、おのおのその懐抱を傾けて語り合いましたが、落つるところは、神尾主膳が百姓を憎むところの根拠の裏を行っているようなもので、徳川家直参の旗本であることを誇りとする神尾主膳が、極力農民を侮辱している。それは、やはりこの大菩薩峠の「恐山の巻」の百四回のところから見るとよくわかる。
神尾は生れながら、百姓というものは人間ではない――ものの如く感じている。
それは当然、階級制度の教えるところの
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