あの女親方が、ああ張り切るのはよくよくのことだろう――何とかしてやらずばなるまい、お前、とりあえず支配地の籍を調べて、役人の筋を辿《たど》って、ひとつ穏かな助命運動ができるものなら、至急その道を講じてもらいたい」
家来の藤左に向って、伊太夫がこのことを申しつけると、藤左は心得て、宿元からして急速に調べ上げた情報が次の如くです。
この地に長谷久兵衛《はせきゅうべえ》という鬼代官がいる。名代《なだい》の農民いじめで、年貢不納のものは遠慮なく水牢に入れる。厳寒の節に水の中に立たせる。泣き叫ぶ声が通路まで聞えて、人の身の毛をよだてる。女房娘は遠慮なく身売りをさせたり、自分が没収したりする。たまり兼ねて瀬田の橋から身投げをして果てる男女が続々と相つぐ。
草津の辻の晒《さら》し者《もの》も、江戸老中差廻しの役人がさせたのか、この地の役人がしたのか、それはよくわからないが、ともかく、この久兵衛が悪い。久兵衛のさしがねでなければ、その献策に相違ない。なんでもかんでもその長谷久兵衛が鬼代官だという情報が、どちら方面からも、期せずして伊太夫の手許《てもと》へ集まって来る。
してみると、長谷久兵衛な
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