くにそこへ気がつかなければならないわたしという女の頭が、こんなにまで悪い頭とは思いませんでした、旅の風に吹かれ通したために、脳味噌が少し参ったんでしょうと思います」
十四
お角はひとり呑込んで、しきりに意気込んでいる。
それから、お角が伊太夫に向って、いま京都からこの地方にまで及ぼすところの、新撰組、すなわち壬生浪人《みぶろうにん》というものの威力の、いかに強大であるかということの、たったいま、仕込み立てのホヤホヤの知識を述べ立てました。
新撰組の行動に就いては、御領主様といえども、お奉行様といえども、これに加うることはできない。当時、名立たる大藩といえども、会津といえども、彦根といえども、これには一目も二目も置く。新撰組に睨《にら》まれた以上は、公儀役人といえども、到底その私刑を免るることはできない。さしも横議横行を逞《たくま》しうする大藩の勤王浪士といえども、新撰組だけは苦手である。「恐山の巻」の百七十六回前後のところに、その威力のほどが見えている。その新撰組の威力を借りる時は、たとえ相手が大藩領であろうとも、天領であろうとも、断じて押しの利かないことはないということの信用を、お角が今、やきもきと思い起して伊太夫に吹聴しました。
しかして、その新撰組を意のままに駆使するところの大将が近藤勇で、副将が土方歳三《ひじかたとしぞう》である。その副将軍土方歳三とわたしは心安い。つい今の先も、昔の歳どんで附合って来た。その力を借りて、押しきって行けば、何のちょうはん[#「ちょうはん」に傍点]の一人や二人、事も雑作《ぞうさ》もあるものではない、とお角さんが張りきってこのことを伊太夫に申し出ると、伊太夫もこの際、一応はそれを承認しました。
というのは、当時、新撰組の及ぼす威力は京洛の天地だけではない。その時代の動静が、かなり敏感に伝えられるところの、甲州第一の富豪の手許まで情報が届いていないということはない。どこまで彼等に全幅の信用を置いていいか悪いかわからないが、この際は、事の思案よりは、急速の実行を可なりとする。時にとっての強力が必要である。そこで、伊太夫も一応お角の提議を承認するまでもなく、お角さんは早くも庄公を次の間まで呼ばせて、
「庄公――お前これから大急ぎ、馬でも駕籠《かご》でも糸目はつけないで、一走り使に行って来ておくれ――ほらあの、新撰組の土方という先生――いいかい、これから山王様までまた駈けつけてもらうんだよ、あそこへ行って歳どんに、わたしがぜひ加勢に頼みたいことがあるって、言伝《ことづて》をしておくれ。わけを言っては長いから、お角親方が大難に出あっている、草津の北の辻で、お角親方が晒しにかけられるという段どりになって、九死一生なんだから歳どんに加勢に来てもらいたい、とこう言って頼んでごらん。もし歳どんがいなかったら、あのやさ男で小天狗と言われた沖田総司という先生でもいいし、永倉新八という先生でもいいから、大急ぎで加勢に来てもらいたいと言ってね――歳どんも、沖田さんも、永倉さんもいなければ誰でもいい、新撰組と名のついたお人ならば誰でもいいから、頼んで来ておくれ。ことによると、どこぞへ引上げておいでなさるかも知れない、今時、新撰組といえば、泣く児もだまるんだそうだから、どこにいたって居所は知れそうなものだ、大急ぎ、九死一生の場合、今日明日のうちに首がコロリてんだから、そのつもりでお前、しっかりやっておくれ」
こう言いつけて置いて、お角自身も急に伊太夫に向い、
「大旦那様、では、わたしの方もこれから現場へ駈けつけてみますから――時が遅れてはいけません、救いの手が来るまで、どっちみち、現場へ因縁をつけて置いてみることに致します」
かくてお角さんは、ゆらりと立ち上りました。
一つは新撰組へ救いの手を求むべく、一つは自身、グロテスクの晒しの現場へ出頭して、水の手の来るまで因縁をつけて置こうとの策戦らしい。
十五
お角が立ったあとで、伊太夫は考えている。お角を助けるために来たのではないが、こうなってみると、彼女のために相当の力添えをしてやらなければならぬ事態になっている。
但し、自分の力の及ぶ範囲ならば知らず、旅へ出ての身である、まして今度の旅は、人も、我も、思いがけない旅である、人に知られたくない旅の身である、彦根の家中の重役には相当|知辺《しるべ》はあるけれども、事改めて、そこへ持ち込みたくない。
だが、何とかして、側面から、お角が急を訴えている冤罪《えんざい》の者の助命をしてやらなければならぬ。新撰組なるものの威力が、果して間に合うだろうか。いずれにしても焦眉《しょうび》の急である――とりあえず、この宿の亭主からたずねて、きっかけを求めねばなるまい。
「どうも
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