題だから、深く考えて、強く実行して置かなければならない」
「いかにもそうです。そうして、駒井さん、あなたの腹の中では、もうその解決の道がついているのですか」
「まだ断案までには至っていないのですが、二つの道はたしかにあります」
「それは?」
「単にこの一事件のためではない、我々の社会に、今後必ず繰返して起り来る――我々というよりも、むしろ人間生活全体にいつまでも起って、いつまでも解決しきれない問題の一つの残骸として、その根本的な手段と方法を、研究的に調べて置きたいという拙者の念願は、今日に始まったことではないのです――田山さん、ごらんなさい、私は洲崎時代から、この通り、研究論文を作りつつあるのですよ」
と言って駒井甚三郎は、書架の上から、かなり部厚な草稿を取って田山白雲の眼の前に示しました。
六十四
駒井甚三郎は、田山白雲の前に一冊の草稿を提示して、諄々《じゅんじゅん》として語りました――
「日本も、王朝以前は、今日から見れば乱倫と称せらるべき道徳が、公然と行われました。欧羅巴《ヨーロッパ》では今日、宗教の関係で、表面は一夫一婦ということが厳重に守られているけれど、内面は必ずしもそうではない、一夫一婦道徳に対する事実上の反逆者は、その法王をはじめ、数多いことらしい、理論上の反逆者も、拙者が知っているだけでも少ない数ではないのです」
「なるほど――毛唐は、表面なかなかやかましく言うが、裏面はヒドいそうです」
「表裏の反覆するのは、西洋に限ったことはない、到るところにあるのです、偽善というよりは、むしろ人間の通有性、弱点と見た方がいいでしょう。その弱点を覆うのに、或いはそれを向上せしむるのに、道徳を用うるということにもなるのですが、その道徳に異論が出て来る。現に、耶蘇《ヤソ》の教えで、表面一夫一婦に統制されている西洋にも、プラトーというようなエライ学者は公然、婦人の共有を唱えているのですからな」
「婦人の共有と言いますと……つまり、一夫一婦宗教なんという垣を取払って、そうして、人妻に我も恋せめ、我が妻に人も言い寄れ、ということになるのですか」
「妻というものを認めないで、婦人は男子の共有ということになる、反面から言えば、婦人側から言えば、婦人はまた男子を共有するということにもなるのです」
「そうすると、女はみな女郎なんですな、同時に男もみな男郎―
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