ずテレたり、怖れたりする様子が変です。
あんまり自分の物言いぶりが過ぎたと感じ、彼はテレて、こっそりと口を押えたまま人混みに紛れようと試むるらしい時に、その後ろにいた千草《ちぐさ》の股引《ももひき》をはいて、菅笠《すげがさ》をかぶり、腹掛をかけたのが、ちょっと後ろからすがるようにして、
「モシ」
と問いただしたものです。
「エ」
呼びかけられてみると、挨拶をしないわけにはゆかなかったが――挨拶というより寧《むし》ろ捨ぜりふで逃げ足と見えたのを、千草股引が、また食留めにでもかかるもののように押迫って、
「あんたはん、あの晒しの男は、この土地の百姓じゃあないとおっしゃいましたか」
「え、その、何ですよ――そうです、そうです、たしかに人違いなんですよ」
と言って、やっぱり振り切るように急ぎ足になるのを千草股引は、透かさず追いかけるようなこなし[#「こなし」に傍点]で、
「お手間は取らせませんが、そこでひとつ、お聞き申したいんですが、あんた様ぁ、あの者の身性《みじょう》をよく御存じなんですか」
「そりゃ、知ってるといえば知ってるがね、そう言ってわっしにおたずねなさる、お前様はどなただね」
「わしは――あの男の身性を知りたいんでして」
「あの男の身性を知りたければ、係り役人にお聞きなせえな、そうでなければ、直接、御当人に聞いてみなせえ」
「お役人は恐《こわ》いでしてね。あの御当人は、根っから口を割らねえんだそうでござんしてな。ところで、あんたはんは、どうやらあの『晒し』の身性を御存じらしい、ぜひ、教えていただきてえ」
全く、その千草股引は、この旅の男を逃がすまいと畳みかけて問いかけるのを、こちらは非常に迷惑がり、
「お上役人も当人も知らねえものを、こっちが知るかなあ。ただ、ちょっと、見たようなことがあるような気がしただけなんだ、何も知りゃあしねえよ、先を急ぐから、まあ、このくらいで御免なせえ」
旅の男は、もう全く逃げ足で走り出そうとする。つまり、一時の昂奮から、心にもないことを口走ったことを悔い、こんなことから、変なかかわり合いになってはつまらない――と、素早くこの場を外してしまおうとするものごしでした。それと見て取った千草股引が、急に権高くなって、やにわに飛びかかって参りました。
「待ちろ――逃げちゃあいけねえぞ」
「何を……」
むんずと飛びついて来た千草の股引は
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