ああ、いやだ、だんだん外が暗くなる。帰りましょうよ、マドロスさん、ね、お詫《わ》びをして、駒井の殿様のところまで帰りましょうよ、直ぐにね、日の暮れないうちに、さ、いま直ぐに」
「イケマセン、イケマセン、モウ少シ落着クコトヨロシイ」
「いいえ、わたし、もう思い立ったら意地も我慢もないのよ、マドロスさん、お前、戻るのがいやなら、わたしは一人で出かけます」
「イケマセン、私、一生懸命ニ止メルデス」
だらしなかった娘が、バネのようにはね起きると、ばった[#「ばった」に傍点]が飛びついたように駈け寄って抑えたマドロスの眼つきは、今までのウスノロではなく、燃えるような執着を現わしていました。
「放して頂戴」
「イケマセン」
「馬鹿!」
「イヤ、馬鹿デナイデス、オ嬢サン、アナタ考エ無シデス」
「お前がわたしを騙《だま》したんだわ、ああ、いやな奴。誰か迎えに来て下さるといいねえ、こういう時は田山先生に限るのよ、田山先生でなければ、このウスノロをどうにもできやしない!」
と言って、娘は力を極めてマドロスを突き飛ばしました。
十六
突き飛ばしたつもりだけれども、相手は飛ばないので
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