ではないのだ。現に百姓共が、安穏《あんのん》に百姓をしていられるのも、この徳川の武力あればこそではないか。強い武力がなければ、国は取られ、田は荒され、百姓は稼《かせ》ぐところを失うどころか、稼ぐべき田地をさえ持つことはできない。
 だから、百姓は百姓として、分を知って服従していさえすればいいのに、ややもすれば反抗したがる。表面服従して、少し目をはなせば一揆《いっき》を起したがるのが百姓だ――ことに近来は、一揆の無頼漢の音頭を取るものを称して「義民」だのなんのと祭り上げる輩《やから》が多いから、百姓がいよいよ増長する。そもそも、百姓をかく増長せしめた近来での大親玉は、水戸の光圀《みつくに》だ――

         百八

 神尾主膳の頭の中にまたしても、真黒い雲がうず巻いて来ました。
 そもそも、この徳川の宗家にとって害物であるところのものは、水戸以上のものはない。
 水戸は徳川の一家でありながら、最初から徳川の根を枯らすことばかりやっている。そうして大向うからは人気を取っている。
 神尾主膳が水戸を毛嫌いをしていることは、今に始まったことではないのです。
 何か機会があると、まず光圀
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