んが、与八をしゃがませてしまいました。
 お婆さんの細腕で、与八をしゃがませることができようはずはないのですが、お婆さんの言うことが高圧ぶりなのに圧倒されて、与八はつい、しゃがませられてしまったのです。与八をしゃがませて置いてお婆さんが手拭をとって、ごしごしと背中を流しはじめたのはよいが、まるで松の樹に油蝉が取りついたようで問題にならないが、それでもお婆さん、一生懸命でこすり立てながら、
「だから、わたしは、はじめから、人相が違っていると思ったのさ、今時、お前さんのようないい人相を見たことはないと言ったのさ、まるで、鳩《はと》ヶ谷《や》の三志様《さんしさま》そっくりの人相だから、わたしゃ夢かと思ったのさ」
と言いました。
 与八の人相に見惚《みと》れたという心状は偽りがないにしても、いい人相で、観音様に似ているとか、地蔵様に近いとかいうのならいいが、このお婆さんは、変な比較を持ち出して来ました。
「鳩ヶ谷の三志様が、ちょうどお前さんと同じような人相でしてね」
「はア」
と、お婆さんの感心に引きかえて、与八は気のない返事です。気がないのではない、お婆さんのは感心が先になりきって、独《ひと
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