、このお手紙――印《しるし》にちょっとお手判をいただきたいものでございますな。それから、お手紙のほかに、ちょっと口頭で申し上げて置きたいお言伝《ことづて》があるんでございますが」
「では、こちらへいらっしゃい」
 関守氏は仕立飛脚を導いて、自分の監督部屋の方へと連れ立ちながら言いました、
「それはそれは、甲州から日限仕立《ひぎりじたて》で、それは御大儀のことでござったな。幾日かかりました」
「四日かかりましたよ」
「四日間、それはそれは」
「実は、その有野村藤原の御当主――お嬢様には父親のお方でございますな、その方が急に思い立ちになりまして、上方見物に出るとおっしゃってお出かけになりましたんですが、上方見物は口実でございまして、実は、たった一人の、一粒種のお嬢様、お銀様とおっしゃいますそのお方が、上方で何をしていらっしゃるか、それを見届けたいためなんでございます。おっつけ、そのお嬢様のお父上、すなわち伊太夫様とおっしゃるのが、これへお見えになることと存じますが、それに先立ちまして、藤原家のお番頭さまから特に頼まれましてな、こうして日限飛脚でやってまいりました。実は、それで、お手紙はお嬢
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