顧みられなかった。そうしていったん宇治の神領に於て、血を見ざる死刑に処せられてしまった身なのである。
それがはからず、この世に呼び戻されて、国を売って東へ下る道中に於てもそうだ、単に自分が縁の下へ寝ていたという理由だけで、群衆のために手込めに遭《あ》わされようとした。幸い、あの時には、遊行上人《ゆぎょうしょうにん》のような眼の開いた人がいて、自分を擁護してくれたけれども、世間の人のすべてが遊行上人ではない。その後、江戸へ来てからも、誤解され通しで今日に至っている。
そこで、捕まったら最後――世間の人には、法と裁きの明断が待っているかも知れない。自分にだけはそれがない。そういうふうに信じ切っているこの男は、こういう場合にでくわすと、死力を尽して脱走する。それを妨げられる場合には、死刑を予想して死闘を試むるのだから是非がない。
ここでは、一旦は相手を前へいなし、それから降りかかる火の子を横へ振払って、相手に一撃を加えて置いて自分は後ろへ脱走を試みたのです。
ところが、この捕手が、意外なる手利《てき》きでありました。十手はケシ飛ばされ、己《おの》れは打挫《うちひし》がれたけれども、その瞬間に、鉤縄《かぎなわ》を米友の着物の裾からチンバの右の足首にひっかけてしまいました。
底本:「大菩薩峠17」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年8月22日第1刷発行
「大菩薩峠18」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年8月22日第1刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 十」筑摩書房
1976(昭和51)年6月20日初版発行
「大菩薩峠 十一」筑摩書房
1976(昭和51)年6月20日初版発行
※底本では、「…何にするつもりか、それはわからんですが、単なる」の後に、改行が入っています。
※疑問点の確認にあたっては、「中里介山全集第十巻」筑摩書房、1971(昭和46)年5月27日発行を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2004年1月15日作成
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