た一晩にしてからが、洋銀三枚がとこは出す。月ぎめということになるてえと、十両は安いところ、玉によっては二十両ぐらいはサラサラと出す。そこで、仮りに日本の娘が一万人だけラシャメンになったと積ってごろうじろ、月二十両ずつ稼《かせ》いで一年二百四十両の一万人として、年分二百四十万両というものが日本の国へ転がりこむ。これがお前さん、資本《もとで》要らずでげすから大したもんでげさあ。というような論法が、こいつのラシャメン立国論になっている。
百三
「ねえ――殿様、さいぜんも槍のお話が出ましたことでげすが、昔はそれ、槍一本で一国一城の主ともなりました、お旗本の御先祖様なんぞは大方はそれでげす。ところが、当今になりましては、もはや槍一本で一国一城の主というような夢は、歴史が許しませんでげしてな」
鐚《びた》公は、しゃあしゃあとして、高慢面に喋りつづける。
「その一国一城てのが、当今はみんな心細いものでしてな、お台所をうかがいますてえと、大大名といえども内実は、みんな大町人に頭が上らないんでげすからな、借金だらけでげすよ、勤王方も佐幕方も、台所方は似たりよったりでげす、表はお家柄の格式で威張っていても、蔭へ廻ると、大町人のお金の光にはかないません、みじめなもんでげすよ――将来は金でげすな、もう槍先の功名《こうみょう》の時代じゃあがあせん」
そこで大きく金を儲《もう》けるためには、どうしても、いやな毛唐と取組まなければならない。毛唐と取組むには、女に限る――
要するに一つの軍法だ。
それともう一つ、いま築地の異人館へボーイに住込ませて置く忠作という小僧が、あれがまたなかなかのちゃっかり者で、ボーイに身をやつして、毛唐の趣味趣向から、その長所弱点をことごとく研究中である。そこで、マダム・シルクを先鋒として、忠作を中堅に、我々が後援で、異人館を濡手で乗取ってしまうのも間近いうち――まずそれまでは、しばしの御辛抱――というようなことを、鐚助が口に任せてベラベラとまくし立てるのは例の通りで、神尾といえども、こいつらの軽口にそのまま乗ってしまうほどの男ではないが、そういう話を聞かされるうちに、またまた癇癪《かんしゃく》が多少緩和されてきて、頭の中は雨時のように、曇ったり晴れたりするが、そのむしゃくしゃの原因がきれいに拭い去られたわけではない。
「鐚公、貴様の能書と講釈ばかりを、いい気になって聴いているおれではない――おれにはおれで野心があるのだ、いいか、今日はひとつ、いやが応でもそれを切出すから、貴様ひとつ手配をしてみろよ」
「もとより、殿の御馬前に討死を覚悟の鐚助めにござります」
「ほかではない、今時はラシャメンが流行《はや》る、なるほど、貴様の言う通り、ラシャメンで国を富ます方法もあるかも知れない、そんなことがいいの悪いのと、貴様を相手に討論するおれではない、ラシャメンをするような腐れ女に、金を出したい毛唐は出せ、ラシャメンになってまで金が欲しい女はなれ、おりゃ、かれこれと子《し》のたまわく[#「のたまわく」に傍点]は言わねえ――だが、毛唐めが日本の女を弄《もてあそ》んでみたいのも人情というやつなら、日本の男も毛唐の女をおもちゃにしてみてえというのも人情だろう――おれは万事、むしゃくしゃする胸の中を、相身互いとして納めてみたいんだ。いいか、おれも今まで、遊びという遊びはおおかたやったよ、人間のする道楽という道楽も、一通りや二通りはやってやり尽したが、まだ毛唐の女を相手にしてみたことはないんだ。いいかい、お絹という女は、おれの見る前で、いい気で毛唐をおもちゃにしていやがる、おれも、毛唐の女と遊んでみたいというのは無理かい。貴様ひとつ取持て――」
「えッ?」
「誰彼といおうより、築地の異人館のあの支配人てえやつの女房を、おれに取持て」
「えッ?」
百四
「えッ」と金公は、主膳の一文句ごとに仰山らしくクギリをつける。神尾は物凄い顔をしてつづける。
「日本へ来ている毛唐の奴は、見ゆる限りの日本の女を択り取りだ、こっちの人間は毛唐の女に対してそうはいかぬ、相手にしたくとも、こっちへ来ている毛唐の女の数は知れている、択り好みするわけにはいかねえのだから、見たとこ勝負だ、一昨日《おととい》異人館で見た、あの支配人のかかあ[#「かかあ」に傍点]というのがよろしい、いいも悪いもない、あれに決めた、貴様、あの毛唐の女房とひとつ、水入らずで一杯飲めるように取持ちをしろ」
「これは奇抜でげす、ズバ抜けた御註文でげす、さすがの鐚《びた》公、すっかり毒気を抜かれやしてげす」
「どうだ、いやとは言えまい、こっちからお為ごかしにお絹を連れ出して、異人館へハメ込んで置くのを大目に見てやっている以上は、あっちから相当の奴を、こっちへ廻
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