の定紋は金無垢《きんむく》でございますぜ、つぶしに致しましても……」
「なるほど、中身が盛光で、金無垢の飾りがついている、やっぱり相当のものだ」
「まあ、ひとつ、とにかくお手にとってごらん下し置かれましょう」
「見るに及ばない、なるべく奮発して買ってやろう!」
「有難い仕合せ――旦那は話がわかっていらっしゃる」
「お前の言う通りを信じて買ってやるのだ、盛光の中身と、金無垢の飾りだな――」
「さようでございます。なお、その道の者にお見せ申しましたならば、彫《ほ》りが後藤だとか、毛唐だとか、縁頭《ふちがしら》が何で、鳶頭《とびがしら》がどうしたとか、目ぬきがどうで、毛抜がこうと、やかましい能書《のうがき》ものなんでございましょうが、何をいうにも三下奴、そんなことは申し上げられません。いっさいコミで、突っくるみで買っていただけば結構なんでございます」
「よしよし、万事相当なものとして買ってやる」
「いや、どうも、旦那は話せます、気合に惚《ほ》れました、失礼ながらお見上げ申しやした、そうさっぱりおいでなすっていただいてみますてえと、こっちも男でございます」
「買ってやる、買ってやる」
「それから、ついでにもう一つ、御奮発が願いたいのは、その、なんでござんす、旦那様の方から、そう奇麗に出られてみますと、申し上げるのが、少々気恥かしいようなわけ合いなんでございますが――中身の備前盛光と、こしらえと、金無垢とつっくるみで、相当のところをお買取りを願いまして、その上で、その、ひとつ、三下奴に免じて、多少の骨折り賃というやつを恵んでいただきてえんでございます」
「ふふん――名刀を手に入れた時は、別に肴料《さかなりょう》を添えたりなんぞして祝う例はあるから、お前がせっかく掘り出して来たものに対しては、また相当のことはしてやる」
「いや、何から何まで、話がわかってらっしゃる――こういう旦那にありついたのは、三下奴の仕合せはもとよりのこと、お差料そのもののためにも結構な仕合せでございます、ほんとに、話がこうもずんずんわかっていただいて、こんな嬉しいことはございません、ではひとつ、夜の明けないうちに、その相当のところでひとつ、しゃんしゃんということに願いたいものでございます」
「よしよし、いま代金を渡してやる」
「いや、有難い仕合せ――では、この一腰とお引きかえに」
 取引が、ここで表面上は極めて円満に成立したのだが、数字的にはなんらの具体化がない。万事相当のところで、且つその上に骨折り賃まで添えて買ってやるとまで出たが、その相当のところという評価の数字が両者の間に一致しているわけではない、相当といって相当以上を渡されるのか、その以下をあてがわれるのか、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎も度胸を据えて、わざと数字にはこだわらないでいると、先方から、
「さあ、渡すから手を出せ、右の手を」
「あつ、つ、つ」

         八十二

 不意に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴めが、
「あつ、つ、つ」
と叫びを立てて飛び上ったので、さすがのお銀様も思わず座を立ちました。そうすると、やにわにがんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、その前を横つ飛びにつっ切って、座敷の外へ飛び出したかと思うと、入って来た時のように、物静かに姿を消してしまいました。要するに、もとはいって来たところから逃げ去ってしまったものでしょう。
 いったん驚いて立ち上ったお銀様は、座敷の中を見ると、畳の上にぽたぽたと落ちて、線をひいているものがある。行燈《あんどん》を提《さ》げて来てよく見るまでもなく、それは血の塊りでありました。
 その血を次第に点検して行くと、あちらの間の六枚の屏風の下のところに、小さな物が一かけ落ちている。熟視すると、それは殺《そ》ぎ落された人間の小指一本であります――
 ややあって、お銀様は火箸を取って、その小指をつまみ上げて、懐紙の上に載せて見ました。
 言うまでもなく、今のあのならず者が落して行ったかたみである。その名残《なご》りとして、そこから点々と血の滴りが糸をなして、自分の座敷を横断している。
 お銀様は小指を包んで、一方にさし置き、それから、雑巾を提げて来て、畳の上の血の滴りを静かに拭いはじめました。
 その間、向うの座敷でも何とも言わず、お銀様もまたその仔細をたずねようともしなかったのですが、あの白々しい取引があれまで進んで、いざ、現なま[#「なま」に傍点]を渡そう、受取りましょう、というところになって、不意にこんな現象が出来《しゅったい》してしまった。
 お銀様としても、いまさら指一本ぐらいのことで、仰々しく騒ぐのも大人げないと信じたのでしょう。また、たとえあんな奴にしてからが、ここで真向梨割《まっこうなしわ》りにでも成敗された日には、あとの
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