ずいぶん凝《こ》った包じゃないの」
「なんしろ、こいつは大物だよ」
「どうして、お前さんそれを手に入れたの?」
「どうしてったってお前、三百両の抵当《かた》に持って来ようておみやげだから、やにっこい物は持って来られねえ」
「相当に重味はありそうだね」
「相当に重いよ、第一、出どころが確かなものだぜ、こいつ大物と睨《にら》んだ眼力に誤りはあるめえ」
「能書《のうがき》はあとにして、早く中をあけて見せておくれよ」
 金銀か、珊瑚《さんご》か、綾錦《あやにしき》か――相当のものには相違ないと、お蘭どのもあんまり悪い気持はしないらしい。

         五十

 十二分の自負心と期待とをもって包を解きにかかったがんりき[#「がんりき」に傍点]の百御本人も、実はまだ内容の何ものであるかを開いて見てはいないのです。開いて見る暇もなかったのですが、本来あれほどの大物が寝る間も枕許を放さずにあれほど大事がった品だから、内容の額そのものよりも、自分の睨んだ眼力に万あやまりがないという自信をもって、
「包と言い、箱と言い、凝りに凝った渋いもんだよ」
「その紐をわたしが解きましょう」
「落着いてやりな」
「あけて口惜しき、ということになるんじゃないかね」
「そんなことがあるものか」
「さあ、あけますよ」
「よし」
 百蔵は、行燈を引きずって来て、この玉手箱の傍近いところへ持寄せ、勿体《もったい》らしく、息をはずませて蓋《ふた》を払って見ると、
「どうだ、どうだ」
「真黒いものがあるよ」
「※[#「王+毒」、第3水準1−88−16]瑁《たいまい》じゃないか」
「何でしょうね」
 お蘭どのが引出して見ると古い瓦です。横から見ても縦から見ても古い瓦です――念のため、その次のを取り出して、ためつすがめつ、四つの目で見たけれども、古い瓦のほかの何物でもないらしい。その古い瓦もほとんど、完全というのは一つもなく、片々《へんぺん》になったのや、継ぎ合わせてみるとどうやら一つの円い輪郭を成すようなものばっかり、ついに瓦々で玉手箱の底を払ってしまうと、お蘭どのが白っちゃけて、
「何だ、お前さん、こりゃ瓦じゃないか」
「そうだなあ――瓦だなあ」
「瓦だなあ、はよかったねえ、高山でドジを踏んで、みずてんに出し抜かれ、その腹癒《はらいせ》をわたしのところへ持っておいでなすったのかえ」
「こいつはどうも……」
 小判と思って受取ったのが、急に木の葉になってしまったように、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎は呆《あき》れ果てて、その瓦っかけを見つめて、きょとんとしている。
「古瓦をおみやげに下すって、どうも有難う」
 お蘭どのがわざと御丁寧に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の前へ頭を下げて、
「結構なおみやげを、たくさんにどうもありがとうございました」
 二度《ふたたび》、ていねいに頭を下げました。
「ちぇッ、つまらねえ」
 さすがのがんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎もすっかりてれて、うんが[#「うんが」に傍点]の声が揚らない。自分の眼と腕とを信じ過ぎたのか、信じ足りなかったのか、全く狐につままれたような思いで、
「こういうはずじゃなかったんだが」
「いや、そういうはずなんですよ、宮川べりで精分を抜かれておいでなすったから、物忘れをなすったんだわ。それはまあお茶番として、お笑い草で済むけれど、済まないのはこれからの、わたしの身の振り方――それから差当りの路用の工面《くめん》。こればっかりはお茶番では済まされない、真剣に工夫をしなけりゃ、第一、ここの宿の払いでさえ……」
 お蘭どのが、いやに意気地なくなった時、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百はうんと一つ息を呑込んで、
「もう大丈夫、相当のものをもの[#「もの」に傍点]にしようとしたから当り外れがあるんだ、その日その日の小出しなら、なんの心配があるものか」
と言いながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が別に懐中から鬱金木綿《うこんもめん》の胴巻を取り出して、ポンとお蘭どのの前へ投げ出して見ると、自分ながら意外にズシンと来るおもみ。

         五十一

 だが、前の錦襴入《きんらんい》りが瓦っかけであってみれば、今度の鬱金木綿は当然、石っころ以下でなければならぬ。
 お蘭どのは、うんざりして手をつけないでいたが、がんりき[#「がんりき」に傍点]が自暴《やけ》半分でしごいてみると、呑んでいた五臓六腑から簡単に吐き出したのは、
「あっ! 百両百貫!」
 悪党がるほどでもない、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎が頓狂声で叫び出したのは、あえてその金高に圧倒されたわけではない、その意外におどかされてしまったのでしょう。
 今し、あんまり新しくもない鬱金木綿が吐き出して、畳の上へ、あたり
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