たびれていましたが、苦労甲斐がありましたかねえ」
「さあ」
「さあ、どうです――いけないでしょう。ですから、およしなさいと言ったのさ」
「だがなあ――まるっきりぐらさい[#「ぐらさい」に傍点]というわけでもねえんだ」
「あのみずてんはいたかねえ」
「みずてんてのは、何さ」
「知らないね」
「さて」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、脚絆をとってしまってから、長火鉢の前へ向き直ると、
「いっぷくおあがり」
お蘭のやつが、早くも吸附煙草をさしつけたので、百の野郎、にやにやしながら、
「有難え」
「こういったもんだろうね、飛騨の高山の宮川べりのみずてん宿で」
と言って、長火鉢の前で、がんりき[#「がんりき」に傍点]のやくざ野郎に吸附煙草を吸わせて、それを傍から甘ったるく睨《にら》みつけたお蘭のあま[#「あま」に傍点]が、百の野郎の股《もも》をつねりました。
「あ、痛え、冗談じゃねえぜ、こっちは、ちょんちょん格子をひやかしに行ったんじゃねえんだ、命がけで飛騨の高山まで大金をせしめに行ったんだ、ドコぞの色気たっぷりなお妾さんに孝行をしたいばっかりに」
「誰に孝行だかわかるものかね。そうしてなにかね、その孝行のきき目がありましたかい、みんごと三百両のお手元金を無事に取戻して来ましたかね。またあのみずてんがすんなりと渡してよこしましたかね」
「そいつだ」
「そうらごらん!」
お蘭は、失望と、揶揄《やゆ》と、ザマを見ろといったような捨鉢気分で突っころがすと、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は真顔になって、
「そこは、何と言われても仕方がねえ、行って見ると逃げたんだ、和泉屋の芸妓《げいしゃ》福松という奴は、宇津木という若い侍をそそのかして、白山詣でにかこつけて駈落をきめこんだという専《もっぱ》らの評判、そのあとへ罷《まか》り越したこの色男――」
「器量がよかったねえ」
四十九
ここで、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎が、淫婦お蘭どののためにさんざんに油を搾《しぼ》られました。
本来が、このお蘭は飛騨の高山の新お代官の妾である。
高山を出奔《しゅっぽん》して、寝物語の里でうじゃついている間に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百と出来合って、百の野郎が自慢面に、高山へ取残して置いた三百両ほどのお蘭どののお手許金を、三日の間に持って帰ってやると喜ばせておいて出かけたのですが、三日の期限はちょうどタイムの場合に漕ぎつけて戻って来たけれども、目的のお手許金は御持参がないというのだから、ヒヤかされるのも、撲《なぐ》られるのも是非ないところと言えば言うべきですが、しかし、これは説明を聞いていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]の腕のないということと、誠意の乏しいということの理由にはならないで、むしろ不可抗力であったと同情してやってもいいのです。というのは、お蘭どのの当座のお手許金の三百両は、飛騨の高山に於て、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が取り上げて、宮川べりの和泉屋の福松という芸妓のところへ預けたには相違ないが、当の女が行方不明になってしまった、夜逃げをした、駈落をしてしまったというのでは喧嘩にもならない。その逃げた先、落ちたあとをたどれば、たどれない限りはないが、三日の期限では、いくらがんりき[#「がんりき」に傍点]の怪足力をもってしても不可能である。そういうわけだから、ひとまず手を空しうして帰って来たが、こうなるとがんりき[#「がんりき」に傍点]も意地だから、また出直して白山街道から、北国筋、あの女の落ち行く先々を飛び廻って、きっと取戻してお目にかけるというのだが、もうお蘭どのが信用しない。
「だから、男の口前になんぞ乗るもんじゃない、だろうと思っていましたから、あんまり乗りもしなかったけれど、でも、気を使っただけばからしい」
お蘭どのの御機嫌が斜めなので、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、御機嫌を見はからって二段構えを持出しました。そろそろと片手を、持って来た包へあてがって引寄せながら、
「それは、そういうわけだから、喧嘩にもならねえ、いかにもその点は、百蔵、お前さんの前へ頭があがらねえのだが、転んでも只起きるがんりき[#「がんりき」に傍点]だと思うとがんりき[#「がんりき」に傍点]が違いまさあ」
こう言って、今や包の結び目に手をかけた。それはさきほど関ヶ原の本宿で、定九郎鴉《さだくろうがらす》にさらわれたという、伊太夫の髑髏《どくろ》の間の枕許の古代切の箱入りの包でありました。
「それはそれとしてあやまって置いて、別にこれから、御機嫌直しのお手土産を御披露に及びたい」
「何です、それは」
「何ですか、御当人もまだわからない、あけて口惜《くや》しきびっくり箱でなければお慰み」
「
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