の事情は篤《とく》と見ているし、土音方言がわからないにしても、日本人の言語であって、おたがいの怒罵喧噪《どばけんそう》の性質も、表現も、呑込んでいるのですから、要領を得ることはさのみ困難ではありません。
 渡場守《わたしもり》とその加勢の人数の方は、主張するのに渡頭《わたしば》の規則を以てし、その規則破りを責めるのに相違なく、渡って来た方は、しかするのやむを得ざるに出でた理由を抗弁しているのに相違ないのです。
「わしは道を急ぐから、川あ越して来たまでのこんじゃ、それがどうした。いったい、貴様たち、人を責める前に、なぜ自ら顧みることをせんのだ、かように両岸に人が溢《あふ》れて舟を待って焦《じ》れおるのに、貴様たち一向舟を出すことなさん、緩怠至極じゃ。おのれらの緩怠を棚にあげて置いて、人を責むるのが不届きじゃ、人を責むるならば責むるように、己《おの》れの怠慢から見てせい」
「わや、わや、わや」
 川破りが抗弁すると、それを取巻いた渡頭守《わたしもり》の味方が土音方言をもって、わや、わや、わやとまぜ返すのです。
 田山白雲は、ともかくその現場へ行って見るために、その小高いところを下りながら川の手を見ると、矢を射るように――と言いたいが、川の流れを横切るのだからそうもいかないが、かなり勢いこんで彼方《かなた》の岸から早舟が飛んで来るのを認めました。続いて通常の渡し船が、スロモの腰を上げて、こちらへ向ってやって来るのを認めました。
 そこでまた踏みとどまって、遠眼鏡を取り直して、まず早舟の方を見ますと、中には相当の士分が、同心と、村役人のようなのとに附添われて乗込んでいるのを認めて、何か役向の出張だなと感づきました。
 同時に、役向とすれば、いずれの藩の役人か。自分はすべて仙台領とばかり信じて、ここまで来ているのだが、川一つ向うは、もう南部領にでもなっているのではないか。仙台領と南部領とは、かなり入組んでいると聞いたが、領分が違ってくると、これで自分の旅をする気分も相当に変えねばならないことがあるものだ。
 漂浪を生活としている自分は、習い性となって、これでおのずから、郷《ごう》に入《い》っては郷に従うのコツを覚え込んでいる。仙台領へ来ては、仙台領の人となりきったつもりでいるが、まだ南部領の人となった心構えは出来ていない。今ああやって、早舟でやって来る役人が、仙台領の人であるならば仔細はないが、南部領の人であってみると、そこに相当の気分を転換してかからねばなるまい。よしよし、ここに駒井甚三郎から借りて来た最新式の遠眼鏡というものがある、この地点へ、この視官の飛道具を押据えてからに、あの早舟がいかなる性質の人を乗せて来て、こちらのわやわやをどう捌《さば》くか、これを見定めての上で、おもむろに天王山を下るも遅くはあるまい。
 田山白雲は、こんなような考えを起して、いったん下りかけた小丘を、また頂上まで上りつめて、そうして、遠眼鏡を取り直した時分に、早舟は早くも岸へ着きました。

         六

 今まで、船頭共だけであしらい兼ねていた問題の川破りの男が、やがてこの早舟で来た役人たちの取調べに引渡されてしまい、そこで役人たちが川破りを受取って、実地取調べにかかる段取りになってみると、白雲もここに超然とは落着ききれないものがあると見え、どうしても一歩一歩と高きを下らざるを得なくなって、ついに人垣の後ろへ立って、いちぶしじゅうを見届けることになりました。
 臨時予審廷といったようなものが、渡頭の上の茶店の内から外へ溢《あふ》れて行われているのですが、ちょうど今、ようやく訊問がはじまろうとする時でした。役人が家の中の床几《しょうぎ》に腰をかけて、川破りの男がその前の土間に突立っている。
「君はドコから来た」
 役人は、土地の船頭共のように甚《はなはだ》しい土音は用いないで、まず通常の標準語で問いかけると、川破りもまたこれに準じた言葉で、
「南部から来申した」
「南部のどこから来た」
「恐山《おそれざん》から」
「恐山? 恐山に住んでいたのか」
「八戸《はちのへ》の生れだが、恐山に修行していた」
「何の修行を?」
「何ということなく、あの山で修行をしていた」
「八戸に生家がござるのか」
「ござる」
「身分は――」
「父はお山改めだ」
「そうして君は?」
「その二男だ、上には兄貴があって、下には妹がある」
「ふーむ、それが、この地方へ何しに来たのだ」
「江戸へ行こうと思ってやって来たのだ」
「江戸へ、何の目的で?」
「何の目的ということはないが、江戸は天下の膝元ということだから、そこで修行をしたい」
「君は最初から修行修行と言うが、修行にもいろいろある」
「もちろん、修行にもいろいろあるが、まず一匹一人の修行をして、男になりたいと思っているだけ
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