いと思うが、いったい、その胆吹王国というのはどういう性質の組合なんだか、そいつを聞かしてもらいてえ」
「王国なんて、ずいぶん僭上《せんじょう》な呼び方かも知れませんが、不破《ふわ》の関守さんが、冗談におつけになったんですから、お気になさらないでお聞き下さい」
「そりゃ、帝国なんて言おうものなら口が裂けるけれど、王国ぐらいならいいさ、三井王国《みついおうこく》だの、鴻池王国《こうのいけおうこく》だの、ずいぶん言い兼ねねえ」
「このことの起りは、あのお銀様の頭脳《あたま》一つから出たことなんです。あのお銀様って、どうも不思議なお方ね、とても頭がいいんです、それに、どのぐらいお金があるか底の知れないというお家にお生れになったんですから」
「ははあ、道庵なんぞはそれと正反対だね、頭の悪いことは無類だし、お金なんぞは商売物の薬にしたくもねえ――」
と道庵が、げんなりしたが、お雪ちゃんは悄気《しょげ》ませんでした。
「そうして、この胆吹山の麓に、見渡す限り広大な地所をお求めになったのです、今はとりあえず身近の人たちだけの館を造っておりますが、これから大きな御殿を建てて、望みを持った人たちにはみんな集まってもらい、今の世間と全く違った世界を、この胆吹の山の麓に新しくこしらえ上げるんですって」
「なるほど――」
「そこで、この胆吹王国では、どうも少しむずかしい言葉なんですけれど、人間が絶対に統制されるか、そうでなければ絶対に解放されるんだと、関守さんも申しておりました」
「うむ、なかなかむずかしい」
「それにはまず、ここに住む人たちがみんな、自給自足と言いまして、生活は直接に土から取って、人に衣食をさせてもらわないこと、人に衣食をさせてもらいさえしなければ、人間が人間に屈従しなくてもよろしい、ですから、ここに集まる人は、自分で自分の食べることだけはしなければならない、それが自由にできるようにして上げるのだそうです」
「それは賛成だね、国中へ穀《ごく》つぶしを一人も置かねえということになると、みんなの励みにならあ。だがねえ、お雪ちゃん、そうしてみんな働いて衣食を生産して食うということになると結構は結構だがね、まあ、愚老はまず商売柄のことから言うがね、病人が出来たらどうするんだ、病人が――病人を取捉まえて衣食を生産しろとは言えめえ」
「そりぁ先生、そんなことは人情で分っているじゃありま
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