思召して、十八の時、お家をお出になりまして、あまねく名山、大川、神社仏閣の霊場めぐりをなさいまして、最後に富士のお山へおいでになりました。ここぞ御自分の畢生《ひっせい》の御修行場と思召して、お頂上、中道《ちゅうどう》、人穴《ひとあな》、八湖、到るところであらゆる難行苦行をなさいました、それからいったんお国許へお帰りになりまして、また再び富士のお山の人穴に籠《こも》って大行をなさいました。そうして、ひたすらに天下泰平、万民和楽をお山の神様にお祈りあそばして、幾年月の間、外へはお出になりませんでしたが、その間、織田信長公の天下が太閤秀吉様になり、それから権現様《ごんげんさま》の御政治になって、天下がはじめて泰平になりました。それをはじめて知って、角行様は大願成就とお喜びになりました。それが御縁で角行様は、この富士のお山こそ御国のしるし、御国はまた万国のしるし、取りも直さず富士のお山は、天御中主神《あめのみなかぬしのかみ》、高産霊神《たかみむすびのかみ》、神産霊神《かみむすびのかみ》の御三体の神様の分魂《わけみたま》のみましどころであるということを、御霊感によって確然とお悟りになり、そこで、この富士のお山こそ天地の魂の集まり所であると、こうお開きになり、天地の始め、国土の柱、天下国治、大行の本也《もとなり》、とお遺言なさって、正保の三年に、富士の人穴で御帰幽なさいました」
そこで富士の霊山こそは、日本の国の秀霊であって、それと同じように、日本の国は万国の秀霊であるということの信仰。富士山こそは天下泰平国土安穏の霊山であるから、この霊山を信じ、祈ることによって、国家安穏の大願が成就する。この身体を清めて、肉体の難行苦行に堪えることが、一切のけがれから脱却する最大の手段であること。そうしてこの心霊を練ることによって、神人合一の妙所に到り得るものであるというようなこと――を、事細かに説いては与八に聞かせました。
与八は、いちいちそれを頷《うなず》いて聞いている。それからお婆さんは、自分の今度の旅行も、この故に富士山へ登山参詣をして来たその戻り道であるということを聞かされて、与八もこれには実際的に多少の驚異を感じたようです。というのは、七十以上のお婆さんの身で、真夏でもあれば知らぬこと、もう晩秋といってもよい時分に、単身で富士登山をしての戻り道だということを聞かされてみると、
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