いでもない。
このままでは際限ないから、そこは、新参の押しかけ客分としての引け目で、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎が左の手を延べて、
「御免を蒙《こうむ》りまして」
と言って、秋草の襖へ手をかけたのです。そうしてするすると二三寸、最初、お銀様の座敷の第一関を開いた時の要領で、二三寸あけて見ると、意外にも中は真暗でした。
はて、人がいて、かりにも物を売ろう買おうと声がかかってみた以上は、起きていたのか、或いは寝ていても起き直って、どちらにしても燈心《とうすみ》ぐらいは取敢えず掻《か》き立てていなければならないはずなのに、中は真暗であって、且つその暗闇を救うべくなんらの努力をも試みていないらしいことは、薄気味の悪い上に、更に薄気味の悪いものになっている。
だが、こっちは、こうなってみると意地にもひる[#「ひる」に傍点]めない。
がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎は、意地を張って、一段としらばくれた調子で、
「では、その代物《しろもの》のお引取りを願いましょうかな」
と、暗い中へ向って馬鹿丁寧に一つ頭を下げてから、額越しに闇の中をじっと見込んだ身のこなし。やっぱり相当なもので、真暗い中から物を言っている先方の種仕かけを、上目づかいに吟味しているものらしい。
こういう奴になると、真暗闇の中を見込んで、物を見る眼力がかなり修練されているものです。夜を商売とするこいつらの眼で見ると、室内のからくりにも相当の当りがつかなければ商売になるまい。ところが――かりにその眼力を以てしてからが、眼の届かないのは、六枚屏風が一つ眼前にわだかまっていて、応対を遮断していることでした。暗を見透す眼があっても、屏風一重を見抜く力はない――そこで少々まごついていると、屏風の中から、
「いったい、いくらで売りたいのだ」
八十一
「へい、いくらと申しましても、その――あっしらは、この方にかけてはズブの素人《しろうと》なんでげすから、こいつはこのくらいということは申し上げられません、おめききを願った上で、この品にはこのくらい、この野郎にはこのくらいの貫禄のところを恵んでやれ、とお見込みだけのものなんでございまして」
「なるほど――盛光ならば相当のところだ」
「それに、なんでございますな、さいぜんから申し上げる通り、こしらえが大したもんでござんしてな、要所要所とこ
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