、というのが有力なる証拠の一つということです。ですから、嫌疑のあると無いとに拘らず、一応は礼を以て、刀の中身を見せてもらうということが役目の手前ということになっているし、要求された方も、身に後暗いものが無い限り、快くその要求に応じてくれるのが例となっている。それを同様に、ここで繰返して要求するまでだということです。
右のように説明されてみると、あながち役人が権柄《けんぺい》のためや、物好きに抜かせてみようというわけではなく、当然のお役目のために要求するのだ。そこで、この一人の川破りのために、物々しく貝を吹き鳴らしたのも、必ずしも川破りを咎《とが》めようとするのが目的でなく、ちょうど来合わせていた右の目附の一行が、それ! と見て、怪しいと心得て警戒を命じ、自分たちはあとからおっとり刀で早舟を飛ばせたという段取りになっていることがわかりました。
立聞きをしていた田山白雲も、これはまず役向の要求として無難なことであるとは思いました。
その理由を、むずかしい面《かお》をして聴いていた川破りの小男――もうすでに本名が柳田平治とわかっているから、その名を用いることにする――柳田平治が少し気色《けしき》ばんで、
「では、抜いてお目にかけよう」
と言いました。
「どうぞ」
「しかし、抜くには抜くが、一度限りでござるぞよ」
と柳田が念を押しました。
「もちろん、一度限りでよろしい」
役人も頷《うなず》きました。
「身共は恐山の林崎明神のお堂でちっとばかり居合の稽古を致したにより、流儀によって抜いてごらんに入れようと存じ申す」
「それは一段のこと」
「流儀によって、一度だけは抜いてごらんに入れ申すが、二度は相成りませぬぞ」
「念を押すまでもないことじゃ」
「では、抜いてお目にかける」
柳田平治は、少し前の方へ進んで身構えをしました。
どうして、あの小男が、あの長剣を抜くか、長井兵助や、松井源水を見つけないこの地方の人々には、少なからぬ驚異でありましたが、田山白雲もまた固唾《かたず》を呑み、思いがけない見物をすると共に、この小男のかなり強情なのに呆《あき》れました。
八
刀の中身を見たいと言うので、刀の抜きっぷりを見せてくれと言ったわけではないから、こう物々しく前へ出て身構えをし直さなくともよかりそうなものだと思われないこともない。素直に、「いざ、存分
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