度のことは、いわば藤原家の破滅の瀬戸際と申すような場合なんでして、それで、親類や、支配人のお方が相談して、御主人の伊太夫様がこれへお着きになる前に、お銀様の様子を見届けた上で、その傍について仕事を助けている人たちのうちにも、物のおわかりになる方もございましょうから、その方にお目にかかって、こういうわけだということを一通り呑込んで置いていただきたい、そうでないと、伊太夫様が乗込んで、またお銀様と、旅さきで劇《はげ》しい親子争闘でもなさろうものなら、手のつけようがない、こういう心配から、わたしが頼まれて、伊太夫様がお立ちになる前に、抜けがけをして、これまでまいりましたような次第でございます」
 飛脚が長々と物語るのを、関守氏はなるほどと聞きました。
「御尤《ごもっと》もです。ですけれど、われわれがお附き申している上は、その辺はまず御安心くださるようお伝え願いたい――拙者は、つい先頃まで、昔の不破の関屋の跡の留守番をつとめておりまして、もとは名もなき中国浪人なのですが、つまらないことから国を出て、もうかなり娑婆《しゃば》ッ気《け》は抜けました、人を焚きつけて旨《うま》い汁を吸おうなんぞという骨折りは頼まれてもやれません。しかし、お銀様のなさることは、空想のようで、必ずしも空想ではないのです。どうせ、この浮世のことですもの、永久に牢剛なるものとてはあるはずはない、まず、やるだけやらせてみることです、思ったほどに危険はありませんよ」

         三十九

 飛脚とはいえ、ただ通信機関の役目を果すだけの使ではなく、よく情理を噛《か》み分けて話のできる相手だと思いましたものですから、不破の関守氏も洒落《しゃらく》にことを割って話しかけたようです。
 座敷と縁とで、二人がこうして話し合っている間、上手《かみて》の方では、鑿《のみ》や鉋《かんな》の音が相当|賑《にぎ》わしいのですが、一方の淋《さび》しい庭の木戸口から、不意にこちらへはいって来たものがありました。
 それは、女の子ですけれども、一見してお雪ちゃんでないことは明らかです。汚ない布子《ぬのこ》を着て、手によごれた風呂敷包を抱え込んでいましたが、案内もなくはいって来て、それを咎《とが》められる前に、早くも関守氏の前の庭先へ、ピタリと土下座をきってしまい、
「お願い申します」
「何だ、何です」
 咎めるようで、関守氏の
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