た」
兵馬は泣いて叫びました。
十八
その夜、上平館《かみひらやかた》の松の丸のあの座敷の、大きな炉辺《ろべり》に向い合って坐っているのは、お雪ちゃんと宇治山田の米友でありました。
お雪ちゃんは、一生懸命でお芋《いも》の皮をむいているのであります。
その手先を、眼を据えたように、そのくせ、多少の気抜けもしているもののように、米友がしょんぼりとながめながら、膝をちょこなんと組んで、向う脛《ずね》のところを抱え込むようにして坐り込んだまま、無言なのです。
「ごらんなさい、米友さん、あなたに買って来ていただいた庖丁が、こんなによく切れて――」
なるほど――お雪ちゃんの言う通り、お雪ちゃんは今、芋の皮をむくにしても、新しい卸し立ての庖丁を使っているところであります。
「そうかなあ」
と、米友が気のない返事をしました。気のない返事をしても、気の抜けたという意味ではなく、心そこにあらずして返答だけをしたものですから、なんとなく気のないように聞えるだけのものです。
「ごらんなさい、今晩は、座敷うちだってこんなに明るいじゃありませんか、何から何まで新しいものずくめで、ま
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