《はくすいだに》だの、畜生谷なんて、名前はいやなところですけれども、どんな悪人でも隠れて一生安楽に暮せる里があるって言いますけれど……わたし、それは御免を蒙《こうむ》りたいのよ、いかに暮しよくっても、そんなところで一生を埋めてしまってはまだかわいそうよ……ですからね、宇津木さん、こうして頂戴、加賀の金沢というところは百万石の御城下でしょう、何はともあれ、二人してあすこへ落着きましょうよ、そうして、わたしは自前《じまえ》で暢気《のんき》にこの商売をしますから、あなた兄さんになって頂戴――これだけ資本《もとで》があれば、立派に自前で通して、あなた一人を過すことなんぞは、憚《はばか》りながらわたしの腕で朝飯前よ」
「まあ、何でも君のいいように使い給え、君には授かりものかも知れないが、拙者には用のない金だ」
「あら、また、あんな小憎らしいことをおっしゃる、こういう御縁になってみれば、わたしのものはあなたのもの、あなたのものはわたしのもの、でもあなたが見るのもおいやとおっしゃるなら、わたし、もう、とても重くってやりきれないから打捨《うっちゃ》ってしまいますよ」
「では、とにかく、道中だけは拙者が
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