も、来やせぬ」
「高山の方から、待てといって追手のかかるような心配はございませんのね」
「それは絶対にない――」
と兵馬はきっぱり言い切って、こし方の飛騨の高山の方をそっと見返りましたが、なお、女のために、安心せしむる言葉をつけ足して、
「君は加州金沢の知辺《しるべ》のところへ身を落着ける、拙者は途中、相当の地点まで君を送って、それから白山に登る――ということで、高山の役向の了解を得た上に、手形切手のことも落なく取計らって来ているから、松本の時とも違い、中房の時とも違って、この通り、青天白日の下を大手を振って歩けるようにして出て来ているのだから、その点は更に心配することはないのだ」
「ほんとに、こうも晴々しく旅立ちのできるのは、わたし、生れて初めてなのよ。今までした旅という旅は、みんな追われて逃げるような旅ばっかりでしたのに、きょうという今日はこうして明るい日に、晴れてあなたと――水入らず、なんだか恥かしいような、勿体《もったい》ないような、安心したような、追われているような、変な気持――でも、わたし、こんな嬉しい旅は今までにした覚えがありません。これというのもみんな、あなたのお面《か
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