みどろな形相《ぎょうそう》を想い出すと、さすがにいい気持はしないで、一時は面色《かおいろ》を変えてみたが、それが静まると、かえって今度は反抗的に、一種の痛快味をさえも覚ゆるようになりました。
笑止千万なことだが、泡んぶくを頼んでも、いまだに敵を打てはしない。身上も、商売も、そっくり譲り受けた上に、あのお内儀さんを、忠実無類のわたしの女房として有難く納めている。これでも罰は当らない、ほんとうに御主人にもお気の毒なわけだが、泡んぶくにもお気の毒だ! こういう魔性《ましょう》が心の中に頭をもたげると、思わず面の表情に現われて、庭の泡んぶくを見ながら、思わずニッと笑いました。その笑い方が、さげすむような、あざ笑うような、たんのうするような、何とも言えない複雑な表情をして見せたものですから、傍にいたお内儀さんが、変な気になりました。昔は召使、今は夫として仕えているこの若い男が、泡んぶくを見て、ひとり変な笑い方をした、その意味がちっともわからない。それを気にしながらそれでも雨をやまして、無事に自分たちの家へ帰って来ました。
その晩の寝物語にです、お内儀《かみ》さんは、この疑問を若い夫の上に打ち
前へ
次へ
全439ページ中358ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング