ものか。では、寝たのか。あれほど先に寝《やす》むことを遠慮していた当人が、だまって寝込んでしまうはずもなかろうじゃないか。してみると、また一人おとなしく銭勘定でもはじめたのかな――それにしても変だ。
という気になって、米友が、のぞき込むのを先にするようにして座敷へ一足入れて見ると、行燈《あんどん》の光が著しく暗くなっているが、消えたのではない。ここまで来ても、お雪ちゃんが何とも言わない、そうして、お雪ちゃんその人の影も見えない。
「おや?」
米友は忙《せわ》しく座敷の四方を見廻したけれど、お雪ちゃんの姿はいっこう見えないが、その薄暗い行燈の光を通して、燃えくすぶって白い煙をたなびかせている炉辺の彼方《かなた》に人がいる。一見、お雪ちゃんとは全く別な人間が一人、澄まし込んで座を構えている。
「お前《めえ》は誰だ!」
と米友が、目を円くして一喝《いっかつ》しましたが、先方から手ごたえがありません。
返事はないけれども、人はいるのです、姿は動かないのです。そこで、米友は円くした眼を据えて、じっと、その薄暗い行燈の光と、白くいぶる榾《ほた》の余烟《よえん》とを透して見定めると、蒼白《あお
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