と、
「米友さん、米友さん」
「何だい」
と、米友は相変らず下を向いて平然たる返事だものですから、それに少しばかり勇気をつけられて、
「武州の高尾山ではね……」
「うむ」
「武州の高尾山の奥の院で、ある晩に、天狗様がこうしてお銭《あし》の勘定をしていましたとさ」
「天狗様が銭勘定をかい、イヤにみみっちい[#「みみっちい」に傍点]天狗だなあ」
「そうするとね、次の間で、どろぼうがそっと立聞きをしていたんですとさ」
「なるほど――」
「ところが、どうでしょう、そのどろぼうが、天狗様の銭勘定をしている次の間の壁板に耳をくっつけて立聞きをしているうちに、その耳が壁へすっかりくっついてしまったんですとさ。天狗様が、誰だ、そこで立聞きをしている奴は……と叱ったものですから、驚いてその盗賊が逃げようとしたが、板に耳がくっついてしまったものだから離れられないのです。で、とうとう小柄《こづか》を抜いて自分の耳を切り裂いて逃げたと言いますがねえ、その耳の附いた板が、今でもあのお山に宝物となって残っているそうです。それを思い出したせいか、わたしはあんまり静かにしてお銭《あし》を勘定していると、次の間で誰か立
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