「これをごらん下さいまし。ただごらん下さるだけじゃいけないのよ、ここまでは、わたしが持って来ましたけれど、これからはあなたに持たせて上げなけりゃ、わたしがやりきれません」
と言って、女はその胴巻をまた取り直すと見ると、なるほど、ずしりとかなりな重味です。ははあ、金だな、金として見ると相当な大金だ、この女、商売柄に似合わず心がけがよい、今日まで稼《かせ》ぎためて、この際、最も有効に持ち出したものだろう――と、兵馬が横目に見ていると、女はその胴巻を無雑作《むぞうさ》に吊《つる》し上げて、蛇の腹をでも逆さにしごくように持ち上げると、スルスルと中からおもみのあるものが、花野原に向って吐き出されました。
「宇津木様――これから、このお宝をそっくりあなたにお引継ぎいたしますから、よろしいように」
「ははあ、大金のようだな」
「え、わたしたちとしては、大金なんでございますが」
「いったい、いくらあるのです」
「三百両ございましょう、そっくり小判で」
「三百両――」
と言って、兵馬が実は内心、大いに驚きました。最初から不相応な重味とは見ていたのだが、小判で耳を揃えて三百両の包み、これは断じてこの女の稼ぎためた代物《しろもの》ではない。そうかといって、旅から旅を売られて歩くこの女が、始終こころがけてこの三百両を肌身につけて放さないということは、有り得べきことではない。恥かしながら自分としても、まだ三百両という耳の揃った金を手に取った覚えはない――これがあの有野村の暴女王の懐ろからでも出たことだと、さして不思議とするに足りないが、この女からここでこうして投げ出されてみると、兵馬は無言でこれをながめ去るわけにはゆかないでいる先《せん》をきって、
「あなた、吃驚《びっくり》していらっしゃるわね、びっくりなさるのも御無理はございませんが、御安心くださいまし、性《しょう》の知れたお金でございますから」
「どうして君が、そんな大金を持って出て来たのだ、それほどの金を持っていたなら、出立の前に、拙者にそれと打明けてくれた方がよかったのに」
「あの時にこれを打明けようものなら、物堅いあなたのことですから、元へ返せのなんのと文句をおっしゃるにちがいないから、退引《のっぴき》ならないように、ここまでわたしが重たい思いをして持って来ました。もう、あなた、へたな熊谷のように戻せの返せのとおっしゃっても駄目です、わたしの心意気で、あなたに貢《みつ》ぐお金なのですから、お受けにならなければ男が立たないってことになるのよ」
「いったい、君はどうしてこれだけの金を持っているのだ、不相応の金だ、君にとっても不相応だし、拙者にとっても不相応だ――これはどこからどうして出た金だ、その出所がわからぬ間は、拙者として、めったに手に触れるわけには参らん」
「そうおいでなさるだろうと思っていましたわ。それは、わたしが持って来たからといって、わたしのお金でないことはわかりきっていますわねえ。わたし風情《ふぜい》で、これだけのお金をふだんこうして肌身につけていられるくらいなら、こんな稼業《かぎょう》をしておりません、これはお他人様《ひとさま》のお宝なのよ。でも、御安心くださいまし、お他人様のお宝には違いありませんけれども、それは、いわばわたしたちに授かりものなんですから、二人で思うように使ってしまってかまわないたちのお金なんだから……そこでわたしのものはあなたの物、あなたの物はわたしの物という寸法になるのよ、嬉しかなくって?」
「なんだか、君の言うことは論理がようわからん――苟《いやし》くも自分の所有に属せざるものを、無断で勝手に使用して差支えないということはいずれの時、いずれの国の掟《おきて》にもない」
「ところが、あなた、この国の今日の場合には、ちょうど誂向《あつらえむ》きにそういう掟が出来ているのですから、豪勢でしょう――そんなことはどうでもいいわ、手っとり早く、打明けてしまいましょう、実はねえ、宇津木さん、このお宝は、例のそら――お蘭さんのお金なんですよ」
「お蘭どのの?」
「え、え、お蘭さんのうちにあったのを、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴がそっくりわたしのところへ持って来て、預けっぱなし、それなのよ」
「ははあ――」
「ですから、いいでしょう、ちょうど、わたしたちにお使いなさいって天道様が授けて下さったものなのよ、わたしたちが使ってあげる方が、あのお蘭さんや、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴に使わせるより、ぐっと功徳《くどく》になる、またそうでもしてやらなけりゃ、わたしの癪《しゃく》の虫が承知しない」
「ははあ――」
と、兵馬はここで、ちょっと考えさせられました。

         十

 これは、一種異様なお金の出所《でどころ》だ。
 預りものではないが、盗みもの
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