いつ》で、ざっかけで、直《ちょく》で、気が置けない人柄である上に、お医者の方にかけては、江戸でも鳴らしている大家であるというような信頼もあるし、当然その脱線も脱線とは受けとれず、その道の当代有数の大家が、自分のようなものにも調子を合わせて相手になってくれることだと有難く思って、二人は炉辺で、それからそれと話がはずみました。
 そのうちに、どうした話の風向きか、道庵の話がお雪ちゃんを前にして、性の問題に触れ出してきました。
「お雪ちゃん、お前さんも将来はその責任があるのだから、ようく聞いて置きなさいよ、わしはエロで話すわけじゃないんだ、お前さんの親切心に酬《むく》ゆるために、女にとってこれより上の大事はない、つまり男で言えば、戦場に臨むと同様なのが、それお産のことだあね。こればっかりは男にはできねえ。わしゃいったい、どうも身贔屓《みびいき》をするわけではないが、女の方が男に比べて脳味噌が少し足りねえと思うね。そりゃ女だって、多数のうちには男に勝《まさ》る豪傑――女の豪傑というも変なものだが、男のやくざ野郎よりは数十段すぐれた女もあるにはある、男だって女の腐ったよりも悪い奴がウンといるにはいる、が、平均して見てだね、女の方が少し脳味噌が劣る――と言っちゃ怒られるかね。だから女というやつは、男にたよらなければ何一つできない、女のするほどのことは男がみんなするが、男のするほどのことを女がやりきれるというわけにはいかねえ。ただ一つ、女にできて男にどうしてもできねえことが、しゃっちょこ立ちをしても男がかなわねえことが、たった一つだけある、それは何かと言えばお産をすることだ。こればっかりは女の専売で、男がたとい逆立ちをしてもできねえ。尤《もっと》も孝経には、父ヤ我ヲ産ミ、母ヤ我ヲ育ツ、とあるから、孔子の時分には男が子を産んだのかも知れねえが、今日、男が子を産んだという例は無い。だから子を産むことだけは女の専売で、この点では男が絶対的に女の前に頭が上らねえんだが、女さん、増長していい気になっちゃいけませんよ、その子を産むというたった一つの女の絶対的専売でさえ、男の助太刀《すけだち》が無けりゃできねえんだから……」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と、お雪ちゃんが笑いこけるのを、道庵はいよいよすまし込んで、
「まあ、それは、どっちでもいいが、お産だけは今いう通り、男子の戦陣に臨むのと同様に、女子生涯の一大事なんだ。お雪ちゃん、お前なんぞは、まだその戦陣に臨んだことはあるめえが――嫁入前にそういうことはねえのがあたりまえなんだが、今時の小娘と小袋とは油断がならねえから、或いはお雪ちゃんに於ても、もう或いは時機に於て、すでに処女を離れているかどうか、そのことはわからねえんだが……」
「先生、いやでございます、そんなことをおっしゃっては」
「は、は、は、どうも淑女の前でそういうことを言うのは、本来ならば礼儀に欠けているんだが、こっちは医者ですからな、職業的、科学的に言うんだから、遠慮なくお聞きなさいよ、処女が母となる将来のためを思って言って聞かせてあげるんだから、はにかまずに聞いてお置きなさいよ――」
 道庵は、冷静に釈明をして置いて、それからまた盃《さかずき》を挙げ、
「お産を安くしようとするには、まずともかく、身体を冷えないようにすることだね。身体の冷える、冷えないにも、それぞれ体質があり、拠《よ》るところもあるのだが、人間の身体はどうしても冷えてはいけねえ、清盛様みたいに火水の病も困るが、人間が冷えてつめたくなると、やがてお陀仏になる。そこで、身体の冷えを救って、よき子を産む方法がある、膝のうしろのところへ、三つお灸《きゅう》を据えるんだね――その灸点の場所は、ちょっと秘伝なんだ、お望みなら据えてあげましょう。幸いここは胆吹山で、艾《もぐさ》に事は欠かない、お望みなら、それをひとつお雪ちゃん、あなたにこの場で据えて進ぜましょう――利《き》きますぜ、道庵が師匠からの直伝《じきでん》の秘法なんですから、効き目はてきめんでげす。現に、これまでどうしても子供を欲しがって与えられなかった母体に、道庵が秘法を授けてから、ひょいひょいと三人も五人も産み出しました、女ほど貴きものは世にもなし、釈迦も、達磨も、ひょいひょいと産むと言いましてな」
「ホ、ホ、ホ、ホ」
 お雪ちゃんがまた笑うと、道庵はいっそう真顔になって、
「その灸点は、もと水戸から出たんだ、水戸の光圀公《みつくにこう》が発明だなんていうが、そのことはどうだか、とにかく、てきめん利くよ、現金効能が顕《あら》われる。そいつをひとつ今日、道庵がお雪ちゃんのために施して進ぜましょう、そうして、釈迦でも、孔子でも、どしどし産み並べてもらいてえ」
「いけません、そういうことをおっしゃるのは、処女の神聖を侮辱するものでござ
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