む」
と米友が唸《うな》りました。唸ったのは返事なのです。返事であるが、是とも非ともいう意味はその中に含まれていない。それは、やっぱり米友の頭で、是とも否とも含ましむるだけの意味を見出せなかったからでしょう。何となれば、現に王土であり、王物であることを是認する以上は、泊めてくれも、泊めてくれないもあったものではない。自分の家で、自分が勝手に手足をのばすべきことを、支えん様はないと観念しているからでしょう。そうすると、第三段になって女王の仰せには、
「よければ、あの奥の間へ泊めて頂戴な」
「あの奥の間――」
と言って、米友が鉛玉《なまりだま》を飲まされたように、眼をまるくせざるを得ませんでした。
ここに至って、今まで忘れていたように、奥の間のことまでがハッキリと米友の頭に再びうつって来ました。
三十二
「いけないの? いけなければ頼みません」
とお銀様がキッパリ言いました。
「うむ、そいつは、よした方がよかろう」
と、ここで米友が、はじめて内容のある言葉を発しました。
「じゃ、よしましょう」
とお銀様が、立ちどころに相応じました。
「よした方がいい」
米友も頑《がん》として下りませんでした。
「よします、お前さんが、いけないと言うものを強《し》いてお頼みはしません」
「うむ」
「じゃ、米友さん、ここへ泊めて頂戴」
「うむ」
「いいの?」
「うむ」
「ここならいいの?」
「うむ」
「奥の間ではいけないけれども、ここへなら泊めて下さるの?」
「うむ」
「まあ、有難う、では、ここへ泊めていただくことにして……」
お銀様は、覆面の中から米友の面《かお》を、まともに見つめました。睨《にら》むのと同様です。さすがの米友も、真向きに見られて、まぶしいような、テレ臭いような、小癪《こしゃく》にさわるような気分に迫られたけれど、どうも今晩は、今晩だけではないが、この女に対しては、そうポンポン啖呵《たんか》がきれないのです。といっても、それはお角さんに対する時のように、妙にすくんだ高圧されるような意気込みで、たんかがきれないのではなく、この女王に対しては、何とも言えない、一種の親しみを感ずるような点から、米友がテキパキと、そっけなく片づけきれない何物かがあるのです。
「ねえ、友さん」
「うむ」
「じゃ、もう一つ頼みがあります、聞いて下さる?」
「うむ――」
頼み、頼みと、言葉だけはしおらしいものだけれども、この頼みというやつが、なまやさしいものではないことを、米友はよく呑込んでいる。しかし、かりにも頼み――と言われてみれば、「おれも男だ」という緩怠心が湧き出さない限りもあるまい。
「ああ、よかった、友さんが、わたしの第二の頼みを聞いてくれました」
こう言ってお銀様は、凱歌《がいか》をあげるような、あざ笑いをするような独断を試みたので、米友が狼狽《ろうばい》しました。
「まだ、聞いたとも聞かねえとも言やしねえんだ、いってえ、その頼みというのは何なんだエ」
ここで、あぶなく食いとめて駄目を押したのですが、お銀様は猶予なく、覆面の首を横に振りました。
「いけません、もう遅いですよ、黙っていたのは承知のしるしなんですからね」
いかにも、黙許とか、黙諾とかいう不文律はあるにはあるけれど、それをこの場合、米友に向って強圧的にはめ込もうとするお銀様の了見方《りょうけんかた》がわからない。
「ちぇッ」
と米友が舌打ちをしましたけれど、一向ひるまないお銀様には、薪を加えたようにも、油が乗ってきたようにも見受けられ、
「もう許しません、一旦、お前は承知をしたのだから」
「承知をするにもしねえにも、頼まれる事柄そのものが、まだわかっちゃいねえじゃねえか」
「お前にはわからなくても、こちらにはわかっています、そうして、たった今の先、お前から充分に無言の承諾を得ていますからね」
「ばかにしなさんな」
通例は、「ばかにしてやがら」と言うべきところを、相手が相手のせいか、米友としては、「ばかにしてやがら」が「しなさんな」にまで緩和されてきました。
「男らしくもない」
とお銀様が、横目で睨《にら》む。
「何が」
「何がって」
「何がどうして」
「何がどうしてたって、男らしくもない」
「何がどうして、おいらが男らしくねえんだ」
「だって、いったん承知をしておきながら」
「いったん承知? 何を」
「奥の間がいけないから、ここへ泊めてくれることを……」
「そりゃ、お前の勝手だよ、泊ろうと泊るまいと、本来お前の持物なんだ、おいらの承知もなにもあったものじゃあねえ」
「でも、米友さんが留守居をしている以上は、米友さんの許しを得なければなりますまい。まあ、それはどうでもいいとして、第二のお頼みも承知してくれたくせに」
「それだ――その第二の頼みというやつ
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