因とは、よくわかっていないのです。しかし、その理由と、原因をわざわざと探し求めるまでもなく、米友の身の周囲《まわり》に降りそそぐ石礫《いしつぶて》が、とりあえずこの不穏を報告する。
二
片手で馬の轡を取りながら、そうして、石の飛んで来る前岸を見込むと、さても夥《おびただ》しい人出。
向う岸の土手の全部が、ほとんど人を以て埋っている光景を、米友がはじめて見ました。
「やあ、大変な人だな、蟻町《ありまち》のようだ」
石の礫は、その夥しい人類の中から降って湧いて来ていることに相違ないが、この夥しい人類が、いつのまに、何のためにここへ現われたのだか、それはひとまず米友の思案に余りました。
なるほど、荒れ馬の飛んで来るのは危ない。それ故に村の人が警戒を試むるのもよろしい。だが一頭の家畜のために、これだけの人数が繰出して来るとは――第一、馬がこの川原へ来るか来ないうちに、その危険をおもんぱかって、これだけの人数をかり集め得たとすれば、その人寄せは人間業ではない。
しかしまた、他に目的あってここに待構えているんなら、何かその目的物がありそうなものだが、あいつらの面《つら》という面、目という目は、みんなこっちばっかりを見合せていやがる――だから、この一匹の馬のためにあの人数が繰出されたと見るよりほかはねえ、大仰《おおぎょう》なこった。
おやおや、竹槍を持ってるぜ、竹槍を林の如くあの通り揃えて持っている。こいつは驚いたな、タカが一匹の放れ馬のために、危ねえ!
クルクル眼を廻して、驚いてながめているうちにも、礫の雨が絶えず降って来て、同時に向う岸で口々に、おれたちに向って何かを罵《ののし》りかけているようだが、ガヤガヤして何のことだか聞きとれねえ。
米友としては、奔馬追及の目的は完全に達せられたことだし、たとい、彼等が無理無体に礫の雨を降らしたところで、ここでなにも、好んで、宇治山田の網受けの芸当をしてお目にかける必要のないところですから、その飛んで来る石の雨は片時も早く避けた方が賢いと思慮したものですから、おもむろに馬の口をとってこちらの岸へ戻って来ると、「発止《はっし》!」これはまた、どうしたことでしょう、今度は戻って来る方の岸から、礫の雨が飛んで来ました。
「こいつは驚いた」
米友は馬の口をひかえて、戻り来る岸の上を見ると、そこにも土手の上
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