かけてみました、
「お前さん、さっき、お寺の縁で庭の泡んぶくを見て、変な笑い方をなさいました、あれは何の意味だか、わたしにはわかりません、思出し笑いというのは罪なものだそうですから、話しておしまいなさい、白状をしないと承知しませんよ」
というようなことを、甘ったるく問いかけたお内儀さんの心では、今では無二の可愛ゆい夫になっている男――思出し笑いは罪だというのは、深いさぐりの心で言ったのではない。思出し笑いそのものには、男ならば女、女ならば男との味な思い出の名残《なご》りとかいったような意味で罪の深いことになっている、友達の間でそれを発見された時には、相当に奢《おご》らなければ済まない。夫婦の間でそれを見つけられた時は、相当に嫉《や》かれてもやむを得ないという意味で、お内儀さんが、ちょっと嫉いてみた程度のものでありました。
寝物語に甘ったるく問いつめられると、もう、すっかり高上りしてしまった若い夫は、いい気持になって、直ぐには返事をしないで、頭の中でこんなに考えてみました――
「あれから、もう三年だ、身上《しんしょう》と商売はもとより、この女房が、もうすっかりおれのものになりきって、二人の間に子供まで出来ている、たとえ、この場へ、もとの主人が生き返って現われたところで、このお内儀さんの心はこっちへ傾いてしまっているから、手を貸して殺せと言っても否《いな》やは言わないにきまっている。そのくらいだから、もう話しても大丈夫だ、あの時のことをすっかり打明けてみたところで、どうなるものか、かえって、よく思いきってやって下すった、そのおかげで、今日こうしてお前さんと楽しい夢が結べる、ほんとにお前さんは度胸もあり、腕もあるお方――と言って、また惚《ほ》れ込んでしまうだろう。一番、ここで打明けて話してやれ」
という気になって、それから、若い夫は寝物語に、ぐんぐんと昔語りをぶちまけてしまいました。
「実はお前の前の亭主は、わたしのためには御主人であるお旦那は、病気で死んだんじゃない――わたしが殺したのだ」
お内儀さんは、恐るべき沈黙をもって、若い亭主の自慢がてらの旧悪の告白をすっかり聞いてしまいました。
その結果は意外でした。
お内儀さんは、その場でムキに怒って、直ぐにお上へ訴えて出たのです。
それから二人が召捕られて、とうとうあの通り磔刑《はりつけ》にかかって、穴の掘り手の
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